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一般財団法人 関西空港調査会

今月のセミナー

-関西空港調査会主催 定例会等における講演抄録-

①国内外の空港におけるSDGsに関する取組
②WHO欧州事務局ガイドライン2018を踏まえた騒音評価に関する日本での調査検討の動向

八川 圭司 氏

中央復建コンサルタンツ株式会社 環境・防災系部門環境グループ 統括リーダー

塩谷 歩未 氏

中央復建コンサルタンツ株式会社 環境・防災系部門環境グループ サブリーダー

●と き 2023年11月22日(水)

●ところ 大阪キャッスルホテル7階 松・竹・梅の間(オンライン併用)

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発表1

国内外の空港におけるSDGsに関する取組

中央復建コンサルタンツ株式会社
環境・防災系部門環境グループ 統括リーダー
八川 圭司 氏

はじめに

 本日は、国内外の空港におけるSDGsに関する取組をご紹介させていただきます。発表の構成は、最初に「空港におけるSDGsとは」という形で位置付けを少しお話し、後半は具体的に空港で取り組まれているSDGsに関してご紹介します。

SDGsとは

 まず”SDGsとは”について。皆様ご存知だと思いますが、2015年9月の国連サミットで「持続可能な開発目標」として掲げられたものです。17のゴールと、その17のゴールを達成するためのより具体的な目標として、169のターゲットで構成されています。

 持続可能な開発目標と聞くと、例えば13番の「気候変動に具体的な対策を」とか、14番の「海の豊かさを守ろう」とか、15番の「陸の豊かさも守ろう」といった環境問題に対するアプローチをイメージされると思います。しかしSDGsに関しては、1番の「貧困をなくそう」とか、2番の「飢餓をゼロに」といった社会問題に対するアプローチも示されており、かなり幅広い持続可能性を目標としています。

空港に求められるSDGs

 次に「空港に求められるSDGs」とし、空港の特徴を書いています。大まかな記載にはなりますが、まず空港には多くの人が集まります。主要な国際空港では、年間約5,000万人~1億人の利用客がいます。
 さらに、数が多いだけではなく多様な人が集まることも特徴になっています。国際ハブ空港では多くの国籍、多様な民族・文化の人が集まってきます。例えばロンドン・ヒースロー空港では、84カ国・203路線が乗り入れています。よって「多様な人が集まる」というのも一つのキーワードだと思います。
 空港は重要な社会資本であるとともに、多様性に配慮すべき場であるという問題認識を掲げ、その中で空港においてSDGsの実現が求められるとして、空港におけるSDGsの取組に関して調査を行った次第です。

SDGsに関する取組の調査対象空港

 今回の調査対象空港を図示しています。今回は多くの人・多様な人が集まって来る空港というところで、右下に凡例を示していますが、旅客数ランキング10位以内、国際メガハブ空港ランキング10位以内、スカイトラックスの総合評価各地域5位以内、いわゆる主要な国際空港を対象にウェブ調査を実施しました(スライド5)。



 色分けしていますが、アムステルダム・スキポール空港やシンガポール・チャンギ国際空港などは三重丸で示されており、この三つ全てに当てはまる空港として調査対象にしています。ヨーロッパでは、パリ、ロンドン、フランクフルトなどを、客数ランキングとメガハブ空港ランキングから選定しています。調査対象は合計24空港です。
 調査はウェブで実施しました。国内・国外でどのような資料に基づいて今回の取組を整理したかを示しました。例えば海外では、サスティナビリティレポートやCSRレポート、アニュアルレポートなどを使って、SDGsに関連する取組を調査しました。



 これらの中で、レポートに「SDGsの取組です」として記載されているものもあれば、そのような枠組みではないがSDGsのゴールに向かって取り組まれている内容もあるので、その辺りはSDGsとして位置付けられたものだけではなく、実際に取り組まれている内容を見てSDGsに関連するものを収集・整理しました。

空港で取り組まれているSDGs

 空港で取り組まれているSDGsを示しました。やはり空港においては、カーボンニュートラルや廃棄物、あるいは関空でも取り組まれている生物多様性などが環境問題として実施されているのだろうと、調査前からも想定していました。



 一方、貧困・不平等あるいは教育・地域貢献のような、SDGsに示されている社会問題に関しては、おそらく空港とあまり関係ないので取り組まれていないのかと思っていました。しかし調査の結果、このような社会問題にもアプローチしている空港が多くあることが分かりました。その辺りの取組内容についてご紹介します。
 まず地域的な特徴を示します。赤で示した箇所が「実施している」空港、グレーが「実施していない」空港です。まず貧困・不平等に関していうと、ほとんど赤なのですが、東アジアの辺りで少しグレーがあります。赤の多いヨーロッパなどと比較すると、東アジア地域においては、貧困・不平等はあまりターゲットにされていない傾向が確認できました。
 教育・地域貢献も、全体的に赤で示されていますが、日本を含め少しグレーが残っています。一方ヨーロッパでは、調査対象とした空港に関しては全て赤で示されており、この辺りもアジアではターゲットとしてあまり注力されていない傾向が読み取れます。
 カーボンニュートラルに関しては全て赤で示されています。これは地域によらず全ての空港で取り組まれているということで、想定通りだと思います。
 同じく廃棄物、生物多様性に関しても概ね全ての空港で取り組まれているという傾向が確認できました。

空港におけるSDGsの取組の具体的な内容の紹介

<貧困・不平等をターゲットとした取組>

 こちらの星取表をご覧ください。横軸に空港を並べ、縦軸に17のゴールを並べています。1番(貧困をなくそう)、2番(飢餓をゼロに)、10番(人や国の不平等をなくそう)が貧困・不平等に関連する取組ですが、丸がついている空港はかなり少ないことが分かります。なかなかこういう取組はないだろうと思いますが、ヨーロッパでは10番にはかなり丸がついています。



 具体的に紹介します。ミュンヘン空港では、社会保障が必要な4人に1人の雇用を空港で確保しています。貧困層に対する雇用問題を空港の中でアプローチしていることが、調査の結果で分かりました。
 アトランタ空港は「不平等」に関する取組です。全ての人が利用しやすい空港を目指し、地域社会からのフィードバックを情報共有しています。それほど目新しい内容ではないものの、サービスアニマル・ペットに対する取組や、障害者支援、電動車いすの充電ステーションといった取組にも注力しています。
 トロント・ピアソン空港では従業員に対し、人種(黒人、先住民)に対する差別のない職場にするためのプログラムを提供し、多様性、公平性、包括性を学ぶための啓発トレーニングを実施しています。
 メルボルン空港は、空港建設に際して先住民との利害関係があったことで、先住民との関係構築が一つの大きな課題になっている空港です。その先住民と協力して空港内の重要な文化遺産を管理しており、先住民に対しての雇用や協力関係に体系的に取り組んでいる事例があります。
 トロント・ピアソン空港では盲導犬の事例もあります。シカゴ空港ではマイノリティ、女性、退役軍人、障害者の雇用促進など、空港において雇用の場で多様な方に働く場を提供することに取り組んでいます。
 ケープタウン空港では、南アフリカという国の特性を踏まえて、失業している黒人青年や黒人女性に対して職業機会を提供する取組が実施されています。


<教育・地域貢献をターゲットとした取組>

 次はゴール4番(質の高い教育をみんなに)の取組です。日本も含めてかなりの空港で取り組まれている事例が確認されています。
 まず日本の中部国際空港での取組です。環境への配慮と夏場の日差し対策を目的としてグリーンカーテンを設置しているのですが、これを地元の高等学校と共同で取り組まれています。地域との連携の中で教育を行う取組が日本でも実施されている事例です。
 ロサンゼルス空港では、パイロットやエンジニアが、空港運営会社や航空会社、建設会社、政府機関のキャリアパスを紹介しています。仕事の機会を拡大して問題意識を高めるための教育に取り組んでいるということです。キャリアデザインを目的とした地域イベントを開催し、中・高校生に対してのプログラムや若者を対象とした建設業のインターンシップなど、若年層への教育や労働に対してのアプローチを行っています。



 スワンナプーム空港では従業員による地域住民への教育の提供。消防訓練や廃棄物管理、サンゴ礁保護など、空港の仕事を通して得られた知見を地域に還元していく取組が実施されています。


<カーボンニュートラルをターゲットとした取組>

 カーボンニュートラルは、地域によらず調査した全ての空港で取り組まれていました。ゴールでいうと7番(エネルギーをみんなにそしてクリーンに)、13番(気候変動に具体的な対策を)が対象になっています。
 カーボンニュートラルをターゲットとした取組として、中部国際空港や関西国際空港などで取り組まれている水素エネルギーの利活用があげられます。水素ステーションを空港内に設置し、それをベースに業務用車両として燃料電池車両、燃料電池フォークリフトを導入しています。水素の利活用は我が国においても重要な課題になっていますが、空港でそれらの取組が先導的に実施されている事例が確認されています。
 その他、メルボルン空港ではかなり大型の太陽光発電施設を設置しており、発電量が空港のエネルギー需要の115%相当になっています。エネルギーの地産地消を空港内で実現している事例です。
 スキポール空港では、特徴的な取組かと思いますが、地域エネルギー戦略として、空港だけではなく、空港を含む地域でのエネルギー戦略の策定に空港が調査協力しています。近隣の自治体と共同でスキポール空港周辺のゼロエミッションゾーンの可能性調査を実施し、その結果として太陽光発電所の建設などを含む地域エネルギー戦略を策定しました。空港の中だけではなく、周辺も含めたカーボンニュートラルの実現にアプローチしている事例です。


<廃棄物をターゲットとした取組>

 次の廃棄物はゴールでいうと12番(つくる責任つかう責任)です。こちらも国内の事例ですが、成田国際空港で興味深い取組があります。滑走路周辺の緑地の草刈りで発生した刈草を飼料として有効活用するというものです。年に数回草刈りを実施しており、その刈草を空港周辺の農家の方々に飼料として提供しています。
 このように、国内の空港でも廃棄物を活用した持続可能な取組事例が確認されています。
 その他の変り種としては、バンクーバー空港におけるAI技術を利用したゴミステーションの導入があります。乗客がゴミを捨てる際適切に分別できるよう、人工知能テクノロジーを利用して、コミュニケーションシステムをインストールしたゴミステーションを実証試験しました。
 おそらく、持っているゴミに対して「これは水色に入れてください」というような形で誘導するシステムかと思います。どの程度有用かは詳しく分かりませんが、興味深い事例だと思います。また、飲食テナントを対象とした廃棄物の分別推進のためのコンテストも開催しています。空港の飲食テナントを対象にフレンドリーコンペを実施して意識向上を目指すということかと思いますが、このような取組も行われています。


<生物多様性をターゲットとした取組>

 これは14番(海の豊かさを守ろう)と15番(陸の豊かさも守ろう)のゴールに該当するものです。香港空港では、空港に隣接する海洋公園の海洋生態系と生息地保護に取り組んでおり、空港周辺のカキの養殖の研究や、海洋公園の管理計画について大学と共同でパイロット研究を実施。空港が生物多様性に関する研究に携わっている事例で、これも興味深い事例だと思います。
 スワンナプーム空港ではマングローブの植林を行っており、海岸浸食による洪水防止も目指して取り組まれています。水域での炭素貯蔵力の保全によって、カーボンニュートラルや脱炭素にもつながる取組ですが、生物多様性の保全のために実施されている事例です。



 ミュンヘン空港では、保護対象の2種の鳥類の生息地拡大のために表土を入れ替える取組を実施しています。エルドラド空港でも植林活動が行われていますが、これは空港運営の関係者がボランティアで実施している事例です。

おわりに

 空港におけるSDGsの取組について、①貧困・不平等、②教育・地域貢献、③カーボンニュートラル、④廃棄物、⑤生物多様性の5分類で整理を行いましたが、調査対象とした主要国際空港では、③カーボンニュートラル、④廃棄物、⑤生物多様性の3項目については概ね全ての空港において取組が実施されている状況です。
 これらの環境問題はメインターゲットとして注力され、空港の整備、あるいは運営に伴う環境負荷を低減する取組として進められています。いま見ていただいた植林、森林保護の活動などでいくと、いわゆるネイチャーポジティブの実現という観点での取組かと考えています。
 一方、貧困・不平等に関しては、欧米の空港では取組事例が多くありますが、東アジア地域の空港では取組がなかったり、あるいは少ない状況です。教育・地域貢献も含め、東アジア地域においてはより一層の取組の推進が必要だと考えています。
 多くの人が集まり、多様な人が集まる主要国際空港においては、多くのステークホルダーを意識して、より幅広いSDGsの取組が重要であると考えています。欧米の主要国際空港ではかなり幅広い取組が実施されている事例も確認されているので、それらを参考にしながら、我が国の実態に即した取組の推進が求められるでしょう。今回の調査を踏まえてそのような所感を持ちました。
 私からの発表は以上でございます。ご清聴ありがとうございました。


発表2

WHO欧州事務局ガイドライン2018を踏まえた騒音評価に関する日本での調査検討の動向

中央復建コンサルタンツ株式会社
環境・防災系部門環境グループ サブリーダー
塩谷 歩未 氏

はじめに

 今から5年前の2018年10月、WHOの欧州事務局からEnvironmental Noise Guidelines for European Region2018という環境騒音ガイドラインが公表されました。
 このガイドラインは、道路や航空機などの交通騒音や風車騒音などが対象となっていますが、従来のガイドラインと比べて異なるのは、騒音の評価指標として夜間の騒音レベルに重み付けした騒音レベルであるLden、睡眠影響に関して夜間の等価騒音レベルであるLnightという指標が採用されていることです。そして心臓血管系疾患が環境騒音の健康影響に関するRecommendation(勧告値)を策定するための重要な健康アウトカムとして選択されているなどの特徴もあります。
 一方で、日本の健康の騒音環境基準は、主に会話影響、睡眠影響、不快感などに関する知見に基づいて設定されており、今回新しく出たWHOガイドラインのような心臓血管系疾患などの健康影響は考慮されていません。
 このような状況を踏まえ、日本では同ガイドラインの公表以降、ガイドラインで示された科学的知見やガイドライン値の設定根拠の整理、日本の騒音環境基準値とWHOガイドライン値の比較、そして日本と欧州の虚血性心疾患の疾病状況の調査などを行っています。
 今回は、当社が環境省から委託を受けて2020~2021年の2年間に実施した検討内容をご紹介するとともに、日本の騒音環境基準の再評価における課題と今後必要な調査に関する意見についてご説明いたします。

日本の騒音環境基準の現状

 まず現行の環境基準について説明します。道路交通騒音に関係する「騒音に係る環境基準」、こちらでは昼間・夜間別の等価騒音レベル(LAeq)で基準値が設定されています。そして「航空機騒音に係る環境基準」、こちらは夕方や夜間の時間帯の騒音レベルに重み付けをした時間帯補正等価騒音レベル(Lden)です。そして「新幹線鉄道騒音に係る環境基準」については、騒音レベルのピーク値(LA、Smax)が環境基準の評価指標として使われています。
 今回、この日本の騒音環境基準とWHOガイドライン値を比較するために、まずこの評価指標の異なる現行基準値を、WHOガイドライン値の評価指標と同じLdenに換算した上でWHOガイドライン値との比較を行いました。



 道路交通騒音の環境基準については、現行の基準値が、昼間・夜間別の等価騒音レベル(LAeq)で設定されているので、これに基づいて昼間・夕方・夜間それぞれのLAeqを設定した上で、夕方に5dB、夜間に10dBの重み付けを行ってLdenを推計しています。
 航空機騒音に関しては、現行の環境基準が元々Ldenで設定されているのでこの基準値をそのまま適用しています。
 新幹線鉄道騒音に係る環境基準については、現行の環境基準が騒音レベルのピーク値(LA、Smax)なので、こちらを鉄道総研が示した騒音予測手法の換算式に基づき、まず単発騒音暴露レベル(LAE)に換算した後、列車本数を用いてLdenを推計しています。
 この方法で日本の現行環境基準をLdenに換算した結果が表1です。道路交通騒音に関しては地域ごとに基準値が決められていますが、A地域で63dB、B・C地域で68dB、幹線交通を担う道路に近接する空間で73dBとなっています。航空機騒音はⅠ類型で57dB、Ⅱ類型で62dBです。新幹線鉄道騒音は、Ⅰ類型で46~57dB、Ⅱ類型で51~62dBの換算結果が得られました。なお新幹線鉄道騒音に関しては、路線区間によって列車の本数や編成両数が違うため、このように幅のある試算結果になっています。



 一方、表2に示したのがWHO欧州事務局ガイドライン2018で示されている勧告値です。道路交通騒音ではLdenで53dB、航空機騒音はLdenで45dB、鉄道騒音はLdenで54dBの勧告値が示されています。日本の騒音環境基準のLden換算値は、WHOガイドラインの勧告値と比べると、道路交通騒音で+10~20dB、航空機騒音で+12~17dB、新幹線鉄道騒音で-8~+8dBの差があることが分かりました。

WHO欧州事務局ガイドラインの概要

 日本と欧州の虚血性心疾患の疾病状況の調査結果をご紹介する前に、WHOガイドライン2018の概要について説明します。同ガイドラインは環境騒音暴露から住民の健康を保護するための勧告値(Recommendation)を策定することを主な目的としてつくられており、対象音源は交通騒音、風車騒音、娯楽関連騒音です。
 このガイドラインの特徴は、冒頭でも紹介した通り、騒音の評価指標が環境騒音に関するEU指令に基づいて設計されていること、そして表3に示す通り、不快感や睡眠影響、聴力損失の他に心臓血管系疾患や出生に関する影響、代謝系の健康影響などの広い範囲の健康影響がRecommendationの策定で考慮されていることです。特に心臓血管系疾患についは、Recommendationを左右する「重大な健康影響」として扱われています。



 この状況を踏まえて、日本と欧州の虚血性心疾患の疾病状況と原因の把握、および騒音暴露と虚血性心疾患の関連性に関する国内の既存研究の収集整理を行った結果について紹介します。

日本と欧州の虚血性心疾患の疾病状況の整理

 まず日本と欧州の虚血性心疾患の疾病状況の整理結果を紹介します。表4は厚生労働省による日本の虚血性心疾患の患者数の調査結果を示しています。日本における虚血性心疾患の患者数は、食生活の欧米化に伴う患者数の増加を懸念させるような調査データも見られますが、この厚生労働省の調査結果では1996年をピークに、年々減少傾向にあることが分かります。



 こちらの図1は、日本と欧州諸国の虚血性心疾患による死亡率を比較したものです。過去と比較すると、死亡率が高い順にフィンランド、オーストリア、ドイツ。そして死亡者が低い順に日本、フランス、オランダとなっており、日本は最も虚血性心疾患による死亡率が低いという結果になっています。なお日本、欧州諸国共、虚血性心疾患の死亡率は年々減少傾向にあります。



 次に地域別の虚血性心疾患による有病率を図2として示しています。Global Burden of Diseasesという統計データに基づいて整理していますが、このうちHigh-income Asia Pacific(高所得アジア地域)に日本が属しています。この地域の有病率は708、西ヨーロッパ地域の有病率は1,244となっており、日本の有病率は欧州に比べて約6割であることが分かります。また、同じくGlobal Burden of Diseasesにおける地域別の虚血性心疾患による死亡率は図3に示す通りで、こちらも日本は欧州の約6割であることが分かっています(スライド19~20)。



 次に、虚血性心疾患の危険因子についてです。日本循環器学会の「虚血性心疾患の1次予防ガイドライン」では、虚血性心疾患の原因となる動脈硬化を起こしやすくする冠危険因子として、加齢や遺伝などに加え、高血圧、肥満、脂質異常症、喫煙などが挙げられています。
 日本と欧州の死亡率・有病率の差は、人種差でなく血清総コレステロールの差に起因することを示唆する知見が多くあります。例えば、米国やフィンランド、オランダ、イタリア、日本などの7カ国を対象に実施されたコホート研究では、各国の死亡率の違いを説明するのに有意であったのは、血清総コレステロールのみであるという結果が示されています。
 また、日本人、ハワイ日系人、米国人を対象とした複数の虚血性心疾患に関する疫学調査結果を比較した結果を表5に示しています。日本人、ハワイ日系人、米国人には、虚血性心疾患の三大危険因子である血圧値、喫煙、血清総コレステロールが共通の因子として取り上げられています。
 一方で、耐糖能異常や肥満、飲酒はハワイ日系人、米国人では、有意な危険因子となっておりますが、日本人の場合は必ずしも共通の因子とはなっていません。これは虚血性心疾患に食生活を含む生活習慣が関係していることを示唆する知見となっています。



 他方では、人種間で虚血性心疾患の疾病状況が異なることを示唆する知見もあります。図5は、虚血性心疾患に関わる疾患感受性座位を特定することを目的とした最新のゲノムワイド関連解析の結果です。横軸が臓器・組織名、縦軸が虚血性心疾患との関連の強さを表しており、関連が強い臓器・組織がオレンジ色で示されています。
 上段が日本人、下段が欧米人の集団の解析結果です。日本人集団の場合、虚血性心疾患の発症に対して影響が強い臓器・組織として関連性が高い順に、副腎、副腎皮質などが確認されます。一方で、欧米人集団の場合は、関連性が高い順に脂肪組織、白色脂肪組織、皮下脂肪などの影響が強くなっています。このことから、虚血性心疾患の発症は人種差、いわゆる遺伝要因による影響があることが分かります。



 以上の既往の知見から、日本と欧州の虚血性心疾患の死亡率・有病率の差は、食生活を含む生活習慣の違いと、人種差、遺伝要因の複合的な影響で生じているものと推察されます。

日本における騒音暴露と虚血性心疾患等との関係に関する知見

 日本における既往研究は、堺、岸川らによる「東京都葛飾区における自動車排ガス道路交通騒音と虚血性心疾患の有症率との関連性の調査」、そしてYoshidaらによる「東京都における道路交通騒音と心臓血管系疾患などの健康影響との関連性の調査」などが挙げられます。今回は堺、岸川らによる既往研究について紹介します。
 堺、岸川らの既往研究の概要はこちらに示す通りです。分析に用いる騒音暴露量は屋外での測定、虚血性心疾患の症状の有無は住民へのアンケート調査により把握されています。自動車排ガス道路交通騒音と虚血性心疾患の関連性については、疾患の症状の有無を目的変数としたロジスティック回帰分析によって解析されています。
 この既往研究で得られている知見を示しました。騒音暴露量が大きい地域では、虚血性心疾患の有症率が増加する傾向が見られていますが、統計的に有意ではなかったという結果が得られています。また、騒音影響を受けている住民は、影響を受けていない住民と比べて有症率が高い傾向が認められています。筆者らは、この健康影響は騒音による睡眠妨害を介して生じていると考察しています。
 図6は、大気汚染物質(大型ディーゼル車の代表指標物質である元素状炭素(EC))の暴露状況と、騒音暴露状況の交絡を考慮した虚血性心疾患の有症率のオッズ比の分析結果です。左がEC暴露による有症率のオッズ比、右が騒音暴露による有症率のオッズ比です。大気汚染物質、騒音共に有症率のオッズ比が1.0以上となっており、それぞれ暴露量が増加するほど虚血性心疾患の有症率が高くなることを示しています。



 一方で、大気汚染物暴露における騒音高暴露グループ、騒音暴露におけるEC高暴露グループにおいては、有症率のオッズ比が1.0を下回っており、EC濃度つまり大気汚染が高い場合は騒音の影響は認められず、逆に騒音レベルが高い場合は、大気汚染の影響が認められないという結果が示されています。
 日本における既往研究については、騒音暴露と虚血性心疾患の有症率の関連性を示す知見はありますが、有意な関係は確認できていない結果となっています。そのため、日本における騒音暴露と虚血性心疾患の関連性を考察するには、国内の研究成果が現時点で少なく、横断研究のみであることが課題だと思われます。

おわりに(まとめ)

 最後に本調査の結論を示します。WHOガイドライン2018では、新たに心臓血管系疾患を重大な健康影響として扱っていますが、日本の現行の騒音環境基準では、生活環境保全の観点から設定されており、心臓血管系疾患などの健康影響は考慮されていません。
 一方で日本と欧州の虚血性心疾患の疾病状況を調べると、日本は有症率、死亡率共に欧州よりかなり低い状況であることが分かりました。これは食生活を含む生活習慣の違い、人種差、遺伝要因の複合的な要因によるものと考えられます。
 このことから、欧州における研究データを根拠とするWHO勧告値は身体的特性や生活習慣などが異なる日本ではそのまま適用することは難しいと考えます。しかし現時点では、国内の既往研究は横断研究が少数実施されているのみという状況です。そのため、日本の騒音環境基準を再評価していく上では、騒音と虚血性心疾患の関連性に関する日本独自の知見を蓄積していく必要があると考えます。
 例えば、個人レベルでの騒音暴露量の推計と、個人の長年の健康情報を追跡した大規模なコホート研究などを組合せ、騒音と健康影響に関する疫学的な解析を行うことなどが考えられます。
 以上で発表を終わります。ご清聴ありがとうございました。

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