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今月のセミナー

-関西空港調査会主催 定例会等における講演抄録-

①我が国航空交渉の歴史的変遷・要諦に関する調査・考察
②中長距離 LCC 市場の持続可能性に関する研究 -アフターコロナを見据えて-

①大沼 俊之 氏  水田 早苗 氏

日本大学法学部付置研究所 研究員

②水谷 淳 氏

神戸大学大学院海事科学研究科 准教授

●と き 2023年9月1 日(水)16:00 ~ 17:00

●ところ 大阪キャッスルホテル 7 階 梅・桜・菊の間(オンライン併用)

発表1

我が国航空交渉の歴史的変遷・要諦に関する調査・考察

日本大学法学部付置研究所 研究員

大沼 俊之 氏・水田 早苗 氏

はじめに

 この研究には本日の発表に至るまでの経緯がございます。これは『航空・空港政策の展望』という書籍で、加藤先生と本日ご出席の航空空港研究会の方々が編集されたものです。この本の最初のところで、オープンスカイについての記述を加藤先生からのご依頼で執筆しました。
 この本では冒頭の「はじめに」で、「本書は紙幅の都合で少ない文字数で多くの政策を取り上げていますから、各章の筆者は内容を精選するのに苦労しました。その分、本書を手に取っていただいたとき、もっと詳しく知りたいという方もおられるでしょう。そのような方は筆者たちの別の著書や論文をお読みください」と書かれています。
 実際かなりページが限られており、エッセンスは書いたものの、そのエッセンスの後ろ側には相当いろいろなことがあります。私は普段論文などの執筆は行っていないため、「お読みください」と書かれているのに読んでいただくものがありません。そこでどうしましょうとご相談をしたところ、このような研究助成の枠組みがあるので活用されるのも一案では、というご説明をいただきました。そして日本大学法学部の松嶋先生、菅原先生との共同研究という形でお願いいたしまして、発表させていただくことになったものです。
 本研究の内容は日本の航空交渉の変遷が重要な要素で、そこの部分は長年この世界を知っておられる、私の同僚でもある水田さんに助けていただきながら行いました。おかげさまで論文の形にすることができ、9月末に日本大学法学部で紀要として出している『日本法學』に我々の名前で掲載されます。今日お聞きになって、ご関心をお持ちいただけましたらそちらもお目通しいただければありがたいと思います。
 今日は時間が30分しかないので非常にラフな説明になってしまいます。ディテールにご関心をお持ちの方は、論文の方にお目通しいただければと思います。

本発表の構成

 国際航空の世界は海と違い、エアラインが定期的な運航をしたい場合に、勝手にできるわけではなく、その前に航空当局同士できちんと調整する慣わしになっており、それが戦後の世界的な民間航空の発展のベースになっています。
 そのようなことを振り返ってみて、我々が今後考えていかねばならないことは何なのかをまとめてみたいと思いました。構成としては、枠組みのベースがつくられたシカゴ会議の話、続いてそのシカゴ会議の結果でき上がったバミューダ体制をベースに積み重ねてきた日本の航空交渉のありよう、これらを踏まえて今後国際航空行政がしていくべきことは何なのか、という三段構成になっています。順次ご説明いたします。

シカゴ会議

〈「シカゴ会議」とは〉

 まずシカゴ会議です。名前は皆様もご存知だと思います。戦後の民間航空の枠組みをどのような形でセットアップすべきかということで、当時の連合国と中立国が集まってシカゴで開催された会議で、連合国と交戦国だった日本は当然ながら参加していない状況でした。
 キーになったのはアメリカとイギリスです。ソ連は参加していないので記録を見ても出てこないのですが、なぜ参加しなかったのかが後に結構重要な意味を持つので、それもご紹介いたします。
 この二つの軸となる国が三つの論点で議論しました。一つ目が、新たに設立する国際機関が国際航空の仕組みや運営をどうマネージしていくのか。二つ目が、そこでマネージされることになる各エアラインの経営形態にどういう規制がかけられるべきなのかという意味で、運賃規制について。三つ目が、一番問題になった運輸権です。どのような運航をどこまで自由に各々の国のエアラインに認める形にするのかということ。この三つが主たる争点となりました。
 連合国の中ではあったのですが、もう終戦が近いという前提で、戦後の枠組みで覇権をどちらが持つのかという観点での議論になったため非常にもめた会議です。
 今申し上げた三つの論点に対して具体案を提示したのはアメリカ、イギリス、折衷的な立場でカナダ、そして別の立場でオーストラリアとニュージーランドが提案をしました。
 これは ICAO のホームページから取ってきたシカゴ会議の写真で、このような感じで集まって開催していたようです。なぜシカゴで開催したのかというと、地理的に真ん中に位置していたというのもあるのでしょうが、このように大きな会議を開ける巨大なホテルがあったからです。今はヒルトンになっているようですが、そういう事情のようです。

〈自由か管理か〉

 アメリカとイギリスの覇権争いで、同じ連合国内で大きくもめたと申し上げましたが、一言で言うと、自由にやるか、管理するかということでした。これは国力とその勢いがはっきり出たもので、アメリカは自由を指向し、イギリスはできるだけ大英帝国の覇権を戦後も維持したいという観点で、管理した枠組みを追求します。実際にこの会議にルーズベルトやチャーチルが参加したわけではありませんが、この二人の意向が相当強く反映されました。
 本でも少し書きましたが、チャーチルが書いた『第二次世界大戦』という著書があります。これは航空の話もさることながら、もっと根本的なアメリカも含めた当時の世界観に、チャーチル自身がどう考えどう向き合っていたか、それがとりも直さず当時のイギリスのリーダーがどのようにこの枠組みを見ていたのかという意味で、非常に参考になるものです。
 文学作品としても面白いのですが、航空の世界でものを考えていく上で同書はとてもよいのでお勧めいたします。

〈「国際機関」のあり方〉

 先程の国際機関、運賃規制、運輸権について、自由を指向する側と管理的な立場とで、どう意見が分かれ、どのような論点になっているかをごく簡単にまとめると次のようなことが言えます。
 アメリカは国際的な機関をセットアップすることの必要性は認識しつつも、そこにエアラインの経営そのものに直接関係することを決めるような機能を持たせるつもりはありませんでした。一方で、イギリスはそういう部分について決める国際機関を意図しました。そしてカナダがその間でまとめようとしていました。

〈「運賃」と「運輸権」について〉

 運賃に関してもアメリカは基本的に各々の国でやれば良いという立場です。当然ながらイギリス・カナダは先程申し上げた国際機関が介在する仕組みを提案します。
 一番もめたのがやはり運輸権の話です。「第1から第5」と書いてありますが、それぞれが何なのかは、後ほどご説明します。こちらはざっくり申し上げると、アメリカは何でも自由に行きましょうと。イギリスは、第3と第4について、つまり各々の2国間のトラフィックについては、お互いのキャリアが輸送する量を山分けしましょうという、極めて非競争的なことを主張します。カナダはその中間です。
 ここで興味深いのはオーストラリアとニュージーランドです。両国は当時、自国のキャリアで自国の国民が必要とする路線を全部運航できるかどうか分からない環境でした。そもそも自国のキャリアがどこまで干渉されることにするかを議論するのが、アメリカとイギリスの基本的な意見の対立の前提です。しかし自国のキャリアをそこまで持てるかどうか分からない国からしてみると、そういう議論ではなく、国を問わず極めて中立的な企業、中立的な輸送体を、基幹路線の運航を委ねるものとしてセットアップするような提案をしています。私はかなり面白い提案だと思います。

〈シカゴ会議の成果物〉

 このようにいろいろな提案があった中で、結末は次のようになりました。
 シカゴ条約というものができ上がりました。ただシカゴ条約はご案内の通り、基本的には技術的な基準を扱います。その技術的な基準はアネックスという条約の附属書の形で分野毎にまとめられていますが、これは条約そのものが法規範としての性格を持つこととは少し違っており、自分の国は従いませんという相違通報ができることを前提としたものです。
 基本的に ICAO の決定機能はその領域にとどめられています。イギリスあるいはカナダがやろうとしたエアラインの経営資源そのものに対する関与は行わないことになったということです。一方で、特に運輸権に関しては、関与を行わない代わりに世界的に自由化することを決める枠組みができたかというと、そういうわけでもありませんでした。そこは基本的に二国間で決めていただくしかないですね、というとことになったわけです。
 ただ、「上空を飛ぶ」という「第1の自由」(後述)、そして運輸そのものを伴わないテクニカルランニング、これは「第2の自由」と言いますが、これに関しては、基本的に開放すればいいじゃないかと思う人たちが集まろうとなって、そのためのトランジットアグリーメント(領空通過協定)ができ上がり、これ自体は発効しました。
 いま申し上げたように、エアラインの経営資源に直接関係する話は二国間の協定に委ねるとして、そのモデルがとりあえず設定されました。このモデルを実現したのがアメリカとイギリスの最初の協定(バミューダ協定)であり、これがひな形になっていろいろな国に展開されていくことになりました。
 そして暫定的な国際民間航空機関(ProvisionalInternational Civil Aviation Organization)という組織をセットアップし、こ れ が 最 終 的 に ICAO(International Civil Aviation Organization:国際民間航空機関)が成立するまでの間、秩序をつくったという結末になったわけです。

〈ICAO & IATA〉

 そのような結末になったため、運賃に関しても、イギリスが行いたかった各エアラインのありようについてセットアップするベースを国際的なフロアでつくることが、ICAO ではできないことになりました。そこでエアライン同士で運賃を調整する機能を持たせる場としてできたのが IATA(International Air Transport Association:国際航空運送協会)です。
 シカゴ会議で国際的な政府間機関がエアラインの運賃に関して直接関わらないと決めてしまったことの反射的な効果として IATA ができ上がったという意味で、この IATA というのは他の産業の業界団体とかなり性格を異にする出自のものであると言えます。

〈今日から振り返ったシカゴ会議の評価〉

 このようなざっくりした流れを今の立場で見ていくと、いろいろな見方があり、整理の仕方によってはこれ以外の整理方法も当然あります。しかし、私なりにポイントだと思ったことを述べると、ここにまとめたようなところになります。
 まず国際管理機構の「幻想」と書きましたが、イギリスやカナダがやりたかったことはそれから80年たっても結局のところ実現しておらず、これからも実現しないだろうという意味で、これはもうないのではないでしょうか。
要するに、ここから将来我々がこの世界で考えねばならない、気を付けねばならないことは何か、というように何か教訓を得ようとした場合にこれは無理だろうということです。
 二つ目に、運賃管理の瓦解。IATA は運賃のためにでき上がった団体と言いましたが、IATA 運賃というのが消滅してしまったので、この運賃を国際的なフロアで管理していくことも結局駄目だったということです。今後もないでしょう。
 三つ目として、運輸権に対する立ち位置・地政学的意味。これはソ連が参加しなかった理由です。シカゴ会議でも、オランダや国内のマーケットがない国は、自由な立ち位置を指向していました。国内のマーケットがない国は大体自由なことを指向します。一方でソ連のように上空が非常に広い国は、開けてもあまり自国のキャリアに得るものがないとなると、そもそも参加しないという問題があります。
 次に四つ目の「共同国籍」の今日的意味。自国のキャリアが必ずしもあてにならない状況である、例えばコロナ禍でもあるいはウクライナ紛争でもそうですが、そんなときでも運送のニーズがあるといったときに、解決手段としての考え方がなくて良いのか?というのは今後検討の余地があるような気がします。
 五つ目、シカゴ会議の議論の過程を見ると、競争政策、スロットの問題、いま盛んになっている脱炭素の話などは全く議論されていないので、このような課題にどう向かっていくのかを別の視点で新しく考えなければならないということだと思います。以上がシカゴ会議のお話でした。

我が国航空交渉の変遷

〈変遷を俯瞰するポイント〉

 日本の航空交渉の変遷について簡単にご説明します。我が国は77カ国・地域と取り決めを交わしており、2000年代にオープンスカイという政策を採用するまでの間は極めて限定的な開放方針で進んできました。
 ポイントを申し上げると、成田は最初閉じていましたが、オープンスカイというポリシーのもと第3(自国からの輸送の自由)と第4(自国への輸送の自由)は開け、第5(第三国輸送の自由)はケースバイケースという方向に向かいました。しかしながら羽田に関しては第3、第4も含めて全てオープンにしていないというのが今の状況です。
 これはとある大学の留学生向けの講義を引き受けた際につくった資料を転用したもので、シンガポールと日本の間ではどうなっているかを表した図です。羽田、成田、その他があり、第3、第4、第5、第7(自国と連続しない輸送の自由)というのは飛行機の動きを説明するものです。

〈協定の締結順序と自由化プロセス〉

 これがどういう順番で重ねられてきたのかを説明します。ここに示した通り、まずアメリカとイギリスとの関係を最優先で構築し、二国間関係上優先する国、あるいは当時の航空機の航続距離が短いため途中で降りる必要がある国、そして相手にキャリアが存在していた、そのような国々と順番に締結していきました。元々は運航しているかどうかが協定の有無と関係していたのですが、そういう相関関係が現在においてもあるかというと怪しい状況です。
 自 由 化 の プ ロ セ ス に つ い て は、「 日 米98MOU」「アジアゲートウェイ構想」「2009年対米オープンスカイ」の三つの段階がポイントであるとご認識いただければと思います。羽田の場合、どんな国に権益を渡し、どんな国に渡していないのかというと、基本的には成田に入っているものから羽田に、というような発想です。しかしそのような形で説明できないような国も存在することはご認識ください。

おわりに(今後の国際航空行政の課題)

 このような状況を踏まえて我々が留意すべきなのは①地政学・安全保障的視点、②国籍主義の相対化、③「管理」の瓦解、④新たな課題への対応(競争政策・環境政策)です。
 ①は先ほど申し上げたロシアです。いろいろと振り返ってみると、各々の国との二国間関係がどうしても影響してくることを認識する必要があります。そして先程申し上げた、そもそも国内のマーケットがない国は自由を指向します。基本的に相互主義を念頭に置かなければいけないのですが、考えを持ってやる必要があるのではないでしょうか。具体的にどうするのかは後世の人に委ねることになりますが。
 ②に関しても、自国キャリアにどこまでこだわるかに関しては、ケース毎に柔軟な対応が必要ではないでしょうか。
 ③は繰り返しになりますが、一旦自由にしたものがまた戻ることはないということです。
 ④も先ほど申し上げましたが、羽田に一体どんな国なら入ってよくて、どんな国なら駄目なのかというところの説明が、もはや論理的には困難な状況になっています。それを今後どう考えるかが大きな課題です。環境政策もシカゴ会議では全く行っていなかった議論で、今 ICAOにおいてホットイシューになっているのは脱炭素の話です。しかし、これは元々多国間でどう取り組むか、二国間でどう取り組むかということを議論していたものではないので、これからうまくいくかどうかについては、全く新しい視点で対応していく必要があることを強調しておきます。
 以上で発表を終わります。ご清聴ありがとうございました。

 

 

発表2

中長距離 LCC 市場の持続可能性に関する研究
-アフターコロナを見据えて-

神戸大学大学院海事科学研究科 准教授

水谷 淳 氏

はじめに

 はじめに関西空港調査会からこのような助成をいただき、特に後で紹介する大規模なアンケート調査を実施することができ、大変感謝しております。本日発表させていただくのは、中長距離 LCC市場の持続可能性に関する研究です。私と、同僚の上田好寛准教授との共同研究となっています。
 報告内容は、まず問題意識を簡単に述べ、2章では LCC のビジネスモデルについておさらいします。3章では経済モデルを使って中長距離市場で LCC が成立する条件を考察し、4章ではモデル分析に航空サービスに対するアンケート調査の結果を組み合わせます。最後がまとめです。

本研究の問題意識

 アフターコロナにおいてはビジネス需要が減少すると予想されており、そうなるとプレゼンスが高まるのはレジャー需要です。レジャー需要に強いのは LCC ということで、実際にANA・JAL ともに、子会社 LCC を利用した成長戦略が描かれています。
 その一方で、中長距離 LCC は世界的に見て成功例が多くありません。そこで、どのような場合だと中長距離 LCC が成立するのかを考察してみたのが本研究です。
 コロナ以降、多くの航空会社が経営破綻しました。もちろん会社がなくなったわけではなく、ほとんどの会社が運航を継続しています。赤文字が LCC で、さらに太文字になっているのが長距離 LCC です。
 ノック・スクートは、会社を清算しました。ノルウェージャンは会社としてはあるのですが、長距離路線から撤退しました。一方、ノルウェージャンの経営陣が新たにノルス・アトランティック・エアウェイズを設立して長距離路線を始めています。タイ・エアアジアX も会社はなくなっていませんが経営破綻しました。

LCC のビジネスモデル

LCC のビジネスモデルと費用構造

 この辺りは釈迦に説法なので簡単に話します。ネットワーク、機材、空港、従業員、運賃、機内サービス、チケット販売、貨物に関して、資料に示したような特徴が LCC にはあります。しかし長距離になると、いくつかの特徴を維持することが難しくなってきます。

 まずはネットワーク。LCC は短距離の折り返し運航によって拠点空港以外での夜間駐機を極力避け、外地での空港使用料やクルーの滞在費を節約していたわけですが、長距離だと連続乗務時間の点から、クルーが折り返しで戻れないため、外地での滞在費が発生してしまいます。
 空港に関しても、私はこれが LCC 最大の特徴だと思っていますが、客室乗務員が機内を掃除し、乗客の乗り降りも前後のドア2枚を使って素早く行い、とにかく折り返し時間を短くしています。1日に何便も飛ぶのならこの時間節約は非常に有効なのですが、長距離の場合は当然飛行時間が長く、折り返し時間短縮のメリットは発揮できません。
 機内サービスに関しては、長距離になると短距離ほど高密度には座席を設置できません。
一方で、預け手荷物以外の貨物については、短距離では折り返し時間を短くしたいので、貨物を取り扱って時間を費やすよりも一切やめてしまおうという選択だったわけです。しかし長距離になると、まず中型機を使うので貨物スペースが十分にあります。さらには折り返し時間が長くなって貨物の積み下ろし時間も十分に取れるため、貨物を取り扱うことができるようになると思います。ただし、LCC が自社で営業部隊を持って、シッパーやフォワーダーに営業して貨物を獲得しようとすると、それなりの所帯になるのでこれはこれで難しいかなという気がします。ZIPAIR(JAL100%出資の中長距離LCC)の貨物も JAL が発券した航空貨物運送状(AWB)の貨物であるように、貨物事業については、親会社との共同になると思います。
 長距離 LCC がうまくいってないという話ですが、代表的かつ財務諸表データを入手可能なAir Asia X(マレーシア)で見るとコロナ前から赤字で、コロナ禍にはとんでもない大赤字になり、その後も回復していません。コロナ前から赤字なので、長距離 LCC で黒字を出すのは難しいそうです。
 こちらのグラフは青い×が FSC、赤い×がLCC のユニットコスト(1座席キロ当たりのコスト)を示していますが、平均路線長が長くなるほど FSC と LCC の差が小さくなり、短距離におけるローコストオペレーションのアドバンテージは、長距離では減ってしまうことが分かります。

アフターコロナにおける ANA と JAL のビジネスポートフォリオ

 次に、アフターコロナにおける長距離 LCCはどうなのかということですが、ANA・JALともに LCC 子会社を利用した成長戦略が描かれています(JAL「REPORT 2021」、ANA「事業戦略2021」)。その内容から LCC に関する3点をピックアップしました。
 一つ目は、親会社である FSC と短距離のLCC 子会社の間での協業です。JAL は従来から、成田・関空・中部の国際線乗り継ぎのために JetStar ジャパンとコードシェアを行っています。ANA も Peach とコードシェアを始めたのですが、こちらは1年強で終了しました。
 LCC と FSC ではビジネスモデルが異なっており、LCC は第1にローコストオペレーションがあります。すなわち航空会社にとってコストがとにかく低くなるように飛行機を飛ばします。その上で低運賃をオファーし、私たち利用者が運航スケジュールに合わせて行動を変えるのが LCC のビジネスモデルです。FSC は、私たちの行動を見て需要がある時間と場所に飛行機を飛ばし、その代わり高運賃をオファーするというビジネスモデルです。
 両者で協同しようとすると上手くいかないことが多く、ヨーロッパやアメリカの子会社LCC では、親会社のリクエストになるべく合うように子会社 LCC をオペレーションしてしまい、だんだんローコストオペレーションが出来なくなって失敗しました。ANA と Peachがコードシェアを辞めたのも、両者が相容れることが難しかったのだと推察します。
 二つ目は、ここが今回の研究のメインになるのですが、中長距離 LCC に関する戦略です。既にJAL は ZIPAIR を設立して、2020年6月から運航しています。ANA に関しては、Air Japan をFSC と LCC のハイブリッドとした上で2023年度、具体的には2024年2月9日に成田-バンコク・スワンナプームでサービスを開始するとのことです。また Peach がエアバスの A321LR と XLRを導入して中長距離市場に参入予定で、関空-スワンナプームにはすでに参入しています。
 三つ目の貨物に関しては、既に述べたとおりです。
 以上を踏まえて旅客輸送についてのポートフォリオを描くと右側の図のようになると考えました。横軸に路線長、縦軸に価格・サービスをとると、市場全体の需要は点線で囲まれた楕円形になり、青が「短距離 LCC」、黄色が「FSC」の守備範囲となります。そしてオレンジの「中長距離 LCC」の部分が新たに提供されるサービスとなります。これを踏まえてモデル分析を行いました。

中長距離 LCC 市場の可能性:モデル分析

仮定1

 Tirole(1988)による「垂直的差別化モデル」を少し拡張させました。まず仮定1として、独立した高品質企業 H と低品質企業 L という二つの企業があり、両社は最初に製品の品質(Sh,Sl)を、つづいて価格(Ph,Pl)を決めると仮定します。

 つぎに、各消費者は品質に対する何かしらの評価指標を持っており、これを θ として θl から θh の間に一様分布するとします。右上の図でみると、横軸が評価指標θです。したがって、あるサービスの質に対して高い評価を持っている人は右側(θh の周辺)、低い評価を持っている人は左側(θl の周辺)ということになります。
 つづいて、各社の製品を消費した時の消費者純便益、すなわち消費者余剰を uh = θSh -Ph,ul = θSl - Pl と定義します。評価指標 θ に品質を乗じたものが便益(消費者が感じる満足度を金銭価値で評価したもの)となり、便益から価格(運賃)を引いた uh は、消費者余剰ということになります。ul についても同じです。
これらを図に書き加えると、縦軸が u、横軸がθ なので、Sh が傾き、- Ph が切片となります。Sl、Pl も同様です 。
 消費者は消費者余剰の大きい方を選択するので、このグラフで θl の消費者は ul、すなわち低品質を選択することになりますし、θh の消費者は高品質を選択します。ちょうど高品質と低品質が、どちらでも構わない(無差別になる)人の評価指標は θhl で、赤い線で示したように、θh l よりも θl 側の消費者には低品質(企業 L)が選ばれて、θh 側の消費者には高品質(企業 H)が選ばれることになります。

仮定2

 仮定2では、企業 H と L が製品を生産するときの限界費用を Ch,Cl とします。すなわち追加的に1単位を生産するコストを Ch,Cl と定義し、Ch の方が Cl よりも高く、かつ一定と仮定します。したがって、企業 H は企業 L よりも高コストで高品質の製品を提供していることになります。そうすると企業の利潤は(1)式のように定義されます。途中は少し省略して、企業の利潤が最大になるように解いていくと、まとめのようになります。
 ここでケース(1)と(2)が出てきます。(1)は、θh -2θl >0 のケースです(θh、θl は仮定1のグラフ参照)。θl を2倍したものを θh から引いた値が0より大きい場合とは、どのような場合が想定されるかというと、品質に対する消費者の分布幅、すなわち θh と θl の間が広い場合です。反対に θh と θl の間が詰まっていると、θh - 2θl がマイナスになって(2)のケースになります。
 「品質に対する消費者の分布幅が広い」場合には、私は中距離市場が当てはまるのではないかと考えます。いわゆる“良かろう高かろう”と“安かろう悪かろう”の好みが、人によって様々に分かれる場合です。
 一方で(2)の「品質に対する消費者の分布幅が狭い」場合には、短・長距離市場が当てはまると考えます。1 ~ 2時間の短距離路線なら皆が高品質サービスは不要と感じ、長距離路線では、皆が高品質を好むだろうと考えました。
 好みに幅がある(1)のケースをさらに詳しく見ると(1-1)では、L も H も高品質を目指します。両者とも高品質を目指すとなると、LCC は成立せず、企業 H と L の両方が FSCになります。一方(1-3)では、企業 H はより高品質を選択し、企業 L はより低品質を選択します。ということは FSC と LCC が両立する可能性が出てくるわけです。(1-2)は、(1-1)と(1-3)のどちらになるかの閾値のケースとなります。
 品質に対する消費者の好みの幅が狭い(2)の場合には、両者とも同じように高品質に動いていきます。ということは、もし消費者全体の求める品質が低い時、すなわち全員が「低品質で構わない」と思っている時は高品質に動いても LCC に収斂し、皆が高品質を求めるときは、当然 FSC に収斂します。以上のように好みの幅が広いときは FSC と LCC が両立する可能性がある一方、狭い場合はどちらかに収斂してしまいます。
 つぎに、限界費用が品質に対する増加関数であるという仮定をしてモデルを解いても最終的に、好みの幅が広いと両方が成立し、幅が狭いとどちらかに収斂する形になっていくことが分かりました。
 理論モデルでここまで分かったので、さらにアンケート調査を行いました。

中長距離 LCC 市場の可能性:アンケート調査

 アンケートは Web を使って2,000人に行いました。規模としてはかなり大きいと思います。「過去10年以内に海外に渡航した経験を持っている人」という条件で回答者を募りました。
 調査では、まず旅行目的(ビジネスかレジャーか)と、目的地3カ所を設定しました。目的地は、短距離の代表でソウル、中距離でシンガポール、長距離はフランクフルトとし、この3カ所に行くことを想像しながら設問に回答してくださいという形にしました。
 旅行目的については、渡航経験に基づいて「あなたがビジネスで渡航することを想像して答えてください」「あなたがレジャーで渡航することを想像して答えてください」として、どちらかに振り分けました。振り分けは、ビジネスでの渡航経験があってレジャーでの経験がない人は「ビジネス」、レジャーしかない人は「レジャー」、両方ある人はどちらかにランダムに振り分けました。
 このようにして、ビジネスとレジャーで1,000人ずつの回答を得ました。アンケート項目は、一つ目はサービス属性に対する重視度を5段階で評価するものです。サービス属性は、①運賃、②運航頻度、③座席の広さ、④機内食、⑤機内エンターテインメント(映画や音楽など)、⑥マイレージポイントです。この六つの要素について1を最低、5を最高としてどの程度重視しますかと質問しました。
 もう一つは、コンジョイント分析のためのアンケートです。まずはどちらにしようか悩むような設問をつくりました。これが設問例ですが、㋐と㋑のサービスプランがあり、航空運賃は9万円と12万円、運航頻度は1日5便で同じ、足元が「広い」か「狭い」、機内食が「なし」か「あり」、機内エンタメは両方「なし」、マイレージポイントは「なし」か「あり」です。㋑は㋐と比較して運賃が高い反面、機内食とマイレージが付きます。しかし足元は狭いです。このように、どちらか迷うようなサービスプランのどちらを選択しますかという二者択一問題を、回答者に5問ずつ出題します。それを短距離・中距離・長距離と3目的地で繰り返すので、各回答者は5問×3目的地=15問に答えることになります。なお、回答者に想像してもらう旅行目的は、5段階評価の時と同じ目的にしています。

サービス属性の重視度

 まずは、5段階のサービス属性重視度の平均点を短・中・長距離に分けてグラフ化しました。これをみるといくつか分かることがあります。
 旅行目的別では、運賃はレジャー客の方が、運賃以外はビジネス客の方がより重視しています。路線長別では、距離が長くなるほどほとんどのサービスで重視度が上がっていきます。つまり短距離だと構わないサービスも長距離だと重視するということです。
 サービス属性別では、やはり運賃が最重視され、レジャー客の運賃重視度が最高です。運航頻度と機内サービス(座席・食事・エンタメ)に関しては、短距離・中距離ではレジャーとビジネスで一定の差があります。しかし長距離をみると、ピンク(エンタメ)、緑(食事)、ブルー(座席)、オレンジ(頻度)では、レジャーとビジネスの重視度がほぼ同じになります。
 すなわち、長距離路線ではレジャー客もビジネス客と同じくらいサービス品質を重視しています。またビジネス客は、短距離でも品質を非常に重視しています。先ほどのモデル分析では、ビジネス客も短距離なら品質をあまり気にしないと考えていましたが、現実にはそんなことはなく、短距離でもビジネス客は品質を気にすることが分かりました。
 マイレージポイントは、黒線ですが、ビジネスとレジャーで重視度に比較的大きな差があって、長距離になってもその差は減少しませんでした。くわえて中・長距離のレジャー客にとって、マイレージポイントが最も重視しないサービス要素でした。ということから、中・長距離のレジャー客に対しては、最も重視度の高い運賃を犠牲にしてまで、すなわちコストをかけてまで最も重視度の低いマイレージポイントを提供する必要はなさそうです。

サービス属性に対する支払意思額

 次にコンジョイント分析を行いました。二者択一問題の結果から最終的に何が分かるかというと、それぞれのサービスに対する「支払意思額」、つまり「そのサービスに対していくらまでなら支払ってもいいか」が分かります。
 運航頻度、大きめの座席、機内食、エンタメ、マイレージポイントに対して、いくら支払う気があるかについて、ソウル(短距離)、シンガポール(中距離)、フランクフルト(長距離)の目的地別かつビジネスとレジャーの旅行目的別に計算した結果を示しています(表の MWTP)。
 旅行目的別では、やはりビジネス客は短距離であっても各サービス要素に対して、総じて高い支払意思額を持っていることが分かりました。しかしながら、運航頻度の増加に対する支払意思は低く、長距離ではビジネス・レジャーともゼロでした。座席に対しては、旅行目的に関わらず支払意思額が最も高いです。機内食は、長距離になるほど高くなり、かつ短距離でもビジネス客はそれなりの支払意思額があることが分かりました。エンタメに関しては他のサービスと比べて支払意思額が高くありません。
 マイレージに関しては、ビジネス対レジャーの比で見ると3倍ぐらいで、旅行目的による差が大きく、その比率は距離によっては変わらないことが分かりました。

おわりに(まとめ)

 最後にまとめますと、まずモデル分析から、品質に対する消費者の好みの幅が広いときはFSC と LCC が両立し、狭いときはどちらかに収斂する可能性が高いことが分かりました。
 モデル分析の結果とアンケート結果を組み合わせると、中距離路線では FSC と LCC が両立出来そうであり、さらにはビジネス需要が十分にある短距離路線でも両立しそうです。その一方で、長距離は FSC に収斂されて LCC の成立は難しいであろうというのが今回の結論です。
 また、広い座席に対する支払意思額はレジャー客でも高いので、LCC が広い座席をそれなりの高価格で提供した場合も、一定の需要が見込めそうです。一方でエンタメに対する支払意思額は低いので不要かもしれません。マイレージポイントに関しては、FSC にとっては有効なビジネス客囲い込みツールである一方、LCC ではコストをかけてまで提供しなくても良いのではないかということが、今回の研究から分かりました。
 駆け足ですがこれで発表を終わります。ご清聴ありがとうございました。

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