-学識者による研究レポート-
錦織 剛 氏
株式会社日本空港コンサルタンツ
航空運賃は需要予測において重要な要素である。国土交通省航空局が平成23年4月に公表した「航空需要予測の乖離分析」では、航空運賃の割引には、事前購入割引、乗継割引、パックツアー等の多様な割引運賃が存在し、その実績を把握することは困難としつつも、実態に近い運賃を推定することが示された。
航空運賃は、需要予測においては、新幹線や近隣空港との競合を分析するための条件の1つである。また、近年は、航空路線の収支分析における収入の条件としても重要となっている。しかし、航空局が指摘するように、航空運賃の料金体系が多様化していることや、季節や曜日による変動があることから実勢運賃を推定することは容易ではない。黒田ら(2022)は、LCCは従来の航空会社の券種区分と異なる運賃体系が導入されているため、近年の運賃動向を踏まえた実勢運賃の推計を試行している。
本稿では、既存データから得られる航空運賃の動向を分析した結果を示す。
国土交通省航空局では四半期ごとにホームページにて、国内定期航空運送事業を行っている航空会社の旅客収入額、輸送実績等を公表している。旅客収入額は、航空運賃の売上額と捉えることができ、旅客収入額を輸送人キロで除した「輸送人キロあたりの旅客収入額」の動向(2019年度~2023年度)を図1に示す。
国内線全体で見ると、国内航空運賃はコロナ禍で一旦値下がりしたものの、2022年度以降は上昇に転じ、2023年度はほぼ2019年度と同程度の水準となっている。航空会社別に見ると、フルサービスキャリア(FSC)は値上がりの傾向にあり、2023年度は2019年度に比べて6%上昇している。
また、2023年度について航空会社の比較を行うと、ミドルコストキャリア(MCC)の平均運賃はFSCの84%、ローコストキャリア(LCC)の平均運賃はFSCの51%の水準となっている。
資料:航空サービスに係る情報公開(国土交通省航空局)
※FSC:ANA・JAL・JTAの平均、MCC:スカイマーク・AIRDO・ソラシド・スターフライヤーの平均、LCC:ピーチ、ジェットスター・ジャパン、スプリング・ジャパン等の平均
図1 国内線 輸送人キロあたり旅客収入の動向(2019年度~2023年度)
日本銀行では企業間で取引されるサービスの価格を毎月調査しており、航空運賃については「国内航空旅客輸送」、「国際航空旅客輸送」として調査されている。公表されているのは、具体的な航空運賃ではなく、基準年(直近では2020年)の価格を100とした指数となっている。また、把握できるのは、「国内航空旅客輸送」、「国際航空旅客輸送」の全国値の月別変動、年別変動であり、路線ごとの運賃は把握できない。価格の調査方法は、航空券の売上高を販売座席数で割ることで作成した「1席当たりの平均価格」であり、空席連動型運賃や販売チャネル(代理店経由など)ごとの価格動向も反映されている。
図2は国内航空旅客輸送について、2019年と2023年の価格指数(2020年の月平均に対する指数)を整理したものである。8月が最も高く、1月が最も安い傾向にある。8月と1月の価格指数の比は、2019年で1.27(121.5÷95.4)、2023年は1.32(135.6÷102.8)、であるため、繁忙期と閑散期の価格差が広がっている。また、年平均の価格指数について、2019年から2023年の伸びを計算すると約11%値上がりしている。
資料:企業向けサービス価格指数(日本銀行)
図2 国内航空旅客輸送 月別企業向けサービス価格指数
企業向けサービス価格指数では、新幹線についても把握できる。新幹線の価格指数について2019年と2023年の伸びを計算すると3%しか値上がりしていない。また、新幹線は、空席連動型運賃も導入されていないため、価格の季節変動が小さい(繁忙期と閑散期の価格指数の比率は1.03)。
航空局が2年に一度の頻度で実施している「航空旅客動態調査」では、国内航空旅客が購入した航空運賃を調査している。この調査は調査日に国内線を利用した全ての航空旅客を対象としている。購入した航空運賃の種類(普通運賃、往復割引、回数券、その他割引、パッケージ等)を路線ごとに把握することができる。
最新の2021年度調査に基づいて、いくつかの路線の実勢運賃を推計すると、表1のとおりとなる。計算された実勢運賃は、概ね普通運賃の60%程度となっている。東海道・山陽新幹線の沿線の航空路線は実勢運賃率(普通運賃に対する比率)がやや低い(航空運賃が安い)傾向にある。
表1 国内線 路線別航空運賃の券種の割合・実勢運賃の推計結果
資料:2021年度航空旅客動態調査、表頭の「その他割引」のパーセンテージは、普通運賃に対する比率を示す。実勢運賃は航空会社各社の運賃の平均値を適用して推計。
※航空運賃の種類の回答割合をみると、各路線ともにパッケージ商品の利用者が一定数存在するものの、パッケージ商品に含まれる航空運賃の価格の情報がないため、最安値の航空運賃を適用して推計。
航空局が毎年実施している「国際航空旅客動態調査」では、国際航空旅客が購入した航空運賃(燃油サーチャージ、空港使用料等を含む)を調査している。8月と11月に主要空港からの出国旅客(日本人、外国人)及び乗継客を対象とした標本調査となっている。この調査の集計結果では、出国先別の航空運賃を把握することができる。集計結果は、5万円未満、5~10万円、10~20万円のような範囲で回答数が示されているため、各範囲の中間値を設定して平均運賃を集計した結果を図3に示す。
図3をみると、全般的に外国人に比べて日本人の航空運賃が高いことが分かる。特に、運航距離が長い東南アジア線でその傾向が顕著であり、例えば、シンガポールでは日本人の航空運賃は外国人の約1.51倍となっている。
資料:2019年度国際航空旅客動態調査(航空局)
※最新調査は2022年度であるが、2022年度はコロナ禍の影響で一部の空港しか国際線が運航されていなかったため、2019年度で集計。外国人の調査結果は米国ドルで示されているため為替レート(109円)を用いて円換算した。
図3 国際線 出国先別航空運賃(2019年度)
観光庁では訪日外国人旅行者の消費動向を明らかにするため、四半期ごとに主要空港から出国する外国人を対象とした標本調査を実施している。国際線の航空運賃は、旅行前支出の「往復航空運賃」(燃油サーチャージ、空港使用料等を含む)として調査されている。航空局実施の「国際航空旅客動態調査」に比べて調査の実施から公表までの期間が短いため、直近の価格変動の把握に役立つ。
国際線の往復航空運賃の調査結果は、円建てで集計されているものの、外国人にとっての価格変動を把握するため、各年の為替レートを用いて米国ドル建てに換算した結果を図4に示す。図4をみると、2023年の国際航空運賃は、2019年に比べて全体的に値上がり傾向にある。特に台湾は値上がり傾向にあり、2019年比で1.56倍となっている。アジア主要国の平均では1.31倍であった。
資料:訪日外国人消費動向調査(観光庁)に基づき、日本銀行による年ごとの為替レートを用いて米国ドル価格を推計。国際線の運休が多かった2020年から2022年までのデータの図示は省略した。
図4 国籍別 往復航空運賃の推移
英国のデータベース会社であるCirum(シリウム)社が販売する航空券予約データでは、空港間の航空運賃が把握できる。航空運賃は、航空券の予約システムのうち主要なGDS(Global Distribution System)を通じた予約に基づいて推計されたものとなっており、税金、手数料、付帯サービスを除く純運賃である。Cirium社では、主要なGDSによる予約データに加えて、公表されている運賃情報や航空会社毎のイールドカーブ等を用いて航空運賃を推定している。
図5に日本とアジア主要国との平均片道運賃とLCCの運賃水準(2023年)を示す。平均的にはLCCの運賃は、FSCの約80%となっている。台湾、香港ではFSCとLCCの運賃差が大きくない。なお、コロナ前の2019年のデータを同様に集計すると、平均的なLCCの運賃はFSCの約66%の水準であったため、FSCとLCCの運賃差が縮まっている。
資料: Cirium ※税金、手数料等を含まない片道運賃
図5 日本とアジア主要国との平均運賃とLCCの運賃水準(2023年)
図6は、今後、成長が期待できるLCCによる国際線の運航に着目し、運賃単価(USD/人km)を距離帯別に拠点空港と地方空港に分けて図示したものである。
運賃単価は、運航距離が短いほうが高くなる傾向にある。拠点空港と地方空港を比較すると、概ね類似した運賃単価となっているが、距離帯が2,000km以下の区間(主に東アジア路線)ではやや地方空港の方が、運賃単価が安い傾向にある。拠点空港の方が、航空会社間の競争に応じて航空運賃が安くなる仮説も想定できるものの、その傾向は確認できなかった。
地方空港の航空運賃が安い背景については、空港使用料の安さや自治体等による支援策が影響している(コストが安いから運賃も安い)と考えられる一方で、地方空港は航空運賃を下げないと集客が難しいと捉えることもできる。いずれにしても、航空運賃だけでは路線の成立性の判断は難しく、運航原価や運賃変動に応じた航空需要の変化も合わせて分析する必要がある。
資料: Cirium ※1 税金、手数料等を含まない片道運賃 ※2 拠点空港は成田、羽田、関西
図6 国際線 LCCの運賃単価・拠点空港と地方空港の比較(2023年)
本稿では、コロナ後の航空運賃のデータを確認し、国内線、国際線ともに値上がり傾向にあることを確認した。航空運賃が値上がりする中で、2024年の訪日外国人は2019年を上回ると予想されているのは、歴史的な円安の影響であろう。日本人出国者については円安で厳しい状況であるものの、ある地方空港ではLCCの就航による安価な運賃を背景に、県外からの日本人の利用が増えているとのことであり、運賃変動に応じた航空需要の感度が高まっていることがうかがえる。
航空運賃に応じて航空需要が変化するとともに、航空路線の収入額は航空運賃と航空需要から計算されるため、航空路線の持続性の観点からもそのバランスを分析することは重要である。コロナ前では、LCCの事業拡大による航空運賃の低下に伴い、若年層を中心に新たな需要が創出されていた。若年層は価格変化に敏感であるが故に、今般の航空運賃の値上がりの影響を受けやすいと考えられる。日本旅行業協会においても、コロナ禍を経て「若い人たちの海外旅行離れが懸念される」と指摘している。
また、国際航空運送協会(IATA)は2024年6月の年次総会にて、コロナ禍以降の世界的なインフレ、燃料価格の高止まりなどに応じて、今後も航空運賃が値上げされる可能性が高いと指摘した。昨今、航空業界で話題になっている人手不足や労働環境の改善、あるいはカーボンニュートラルの取組に応じても航空運賃が値上がりする可能性がある。航空運賃は今後も値上がりが想定されるため、航空運賃の価格変動に伴う需要の感度分析や、価格感度が高い若年層への利用促進策の重点化等の検討が求められる。