-学識者による研究レポート-
米崎 克彦 氏
大正大学地域創生学部地域創生学科
IATA(国際航空運送協会)の発表資料によると、2023年通年の世界の航空需要は2019年と比較して5.9%減となり、ほぼ新型コロナウイルス感染症の世界的な流行以前の市場を回復したと報告している。また、2024年は2019年を上回ると予想されており、さらに今後も順調に市場の拡大が予想されている。
日本においても国土交通省の航空輸送統計年報令和5年度分において、令和5年度の国内定期航空輸送の旅客数は10,481 万人、993 億 5,424 万人キロとなっており、これは令和元年の国内旅客と比較してほぼ同数まで回復している。ただし、国際航空輸送の旅客数は、1,766 万人、895 億 8,218 万人キロで前年度に比べて大幅に回復しているが、令和元年度1)に比べると75%程度となっている。
本稿では、航空ネットワーク対する学術分野の分析の結果を一部であるが紹介する。21世紀に入り急速に研究が進んだネットワーク科学の分野の応用として現在も積極的に研究が進められている。ポストコロナとなり、再びグローバル化が進む中、航空市場も今後拡大していくと予想されている。その市場の特徴の理解を進めるために重要な視点であると筆者は考えている。
1) 令和元年度の国際航空輸送の旅客数は、2,346 万人、1,050 億 7,426 万人キロである。
ヒトやモノ、コトの関係性をデータから解き明かすネットワーク科学2)というアプローチがある。ネットワークの研究は、グラフ理論(ランダムネットワーク研究)と社会学(社会ネットワーク分析)をルーツとする歴史があるが、近年のデジタル革命を背景として、様々なネットワークに関するデータの収集が可能となり分析が急速に進歩したことによりネットワーク科学を21世紀の科学と呼ばれることもある。
航空ネットワークもその対象となり、様々な側面から分析が行われている。まずは、世界全体の航空ネットワークを対象とする。空港をノード、直行便をリンクとする。このような設定の下、世界全体の航空ネットワークはどのような特徴を持つであろうか。航空ネットワークは、スケールフリーネットワークとなる。一つのノードに接続するリンクの数を次数とよび、この次数の分布がべき法則で近似できることをスケールフリー性3)と呼ぶ。言い換えると、多くのノードはわずかなリンクしか持たないがわずかなノードが多くのリンクを持つ状況である。一部のノードが巨大なハブになる状況である4)。
次に航空会社のそれぞれのネットワーク構造はどのようになっているだろうか。多くのFSC(Full Service Carrier:フルサービスキャリアまたはレガシーキャリア)は、シングルハブまたはマルチハブのネットワーク構造を持ち、LCC(Low Cost Career:低費用航空会社)のほとんどは、ポイント・ツー・ポイントシステムのネットワーク構造となる。FSCは多くの長距離国際路線をもっており、航空自由化協定の締結が進み、航空市場の自由化は進んでいるがカボタージュを制限していることが理由と考えられる5)。
先に述べたように世界全体の航空ネットワークに関する分析は、複雑系ネットワーク分析が中心となり、べき法則や切断べき法則などを当てはめて特徴づける研究が多くみられる。さらに、個別の空港の関係性や地域・一国内のネットワーク構造や地域間比較なども多くの研究が進んでいる。ここでは、中心性6)などを主に用いネットワーク構造の特徴を分析している。例えば、日本の国内航空ネットワークの分析では、東京と大阪の二眼レフ構造から、時代を経て東京一極集中となっていることが導かれている。そして日本の国際航空ネットワークでも、やはり東京に集中している結果が導かれている。
2) 「ネットワーク科学(Network Science)」とは、自然界や社会において特にネットワークが関係する現象について、普遍的な性質や特性の発見、原理やメカニズムの解明に加え、それらを用いた社会分析、現象の予測、ネットワークの制御・設計等の技術の創出・高度化も目指すものであり、情報科学・社会科学・生命科学・経済学・工学など極めて幅広い分野にわたって応用可能な学際領域である。
3) これに対して、次数分布がポアソン分布に従うネットワークをランダムネットワークとよぶ。このネットワークでは、ほとんどのノードが同じ数のリンクを持つような状況であり、都市をノードとし、その都市間を結ぶ道路網をリンクとするようなネットワークのことである。
4) この世界全体の航空ネットワークのネットワーク構造は、病原体の拡散をモデル化し予測する上でカギとなる役割担う。次数分布は指数γ=1.8±0.2のべき分布で近似される。この指数はとても低く、通常のモデルやデータでは2から3程度のことが多い。
5) 筆者は松崎氏(千葉商科大学)とエアアジアとアジアにおけるLCCの航空連合のネットワーク構造を比較分析したが、LCCではあるが、長距離国際路線を持つためネットワーク構造はスケールフリー性をもっており、航空市場の制度がネットワーク構造に影響を及ぼしている。
6) 中心性には、「次数中心性(Degree centrality)」・「媒介中心性(Betweeness centrality)」・「近接中心性(Closeness centrality)」などがある。次数中心性とは、より多くの節点(=他節点との関係性)を持つ節点を高く評価する指標で、ネットワーク内の節点とどの程度直接つながっているのかを示す指標である。媒介中心性とは、ある節点が他の辺数間の最短経路上に位置する「程度」を中心性指標としたもの。その節点を通過しないと他の節点に到達できない度合、つまり、ある点がその他の2点を結ぶ最短経路である度合であり、値が大きいほど中心性が高い。近接中心性は、ある節点から他の節点への最短経路長の合計の逆数を取ったもの。ある要件を満たすグラフの最短経路長の「合計」に着目したもの。距離の総和や平均距離を小さくする時に目安になる。
ネットワークを経済学の視点から分析するにあたって、重要となる概念の一つに「外部性」がある。特に「ネットワーク外部性7) 」とよばれ、様々な分析が進んでいる8)。
航空会社にとってどのようなネットワークの構造が効率的(ハブ・アンド・スポークシステムとポイント・ツー・ポイントシステムの比較など)であるのか、Hendricks, Piccione and Tan (1995), (1999) の一連の研究がある。彼らは、航空会社が独占的状況である場合や複数の航空会社が自由に路線を決定できる状況(政府の規制がない)において、どのようなネットワーク構造が効率的であるかを分析している。独占状態における航空会社は、ハブ・アンド・スポークシステム(HSS)を構築することが優位になる。その理由は、各路線の旅客を増やせば一人あたりの費用が下がるという密度の経済が働くからである。また、複数の航空会社のケースでは、それぞれHSS を形成することは均衡として存在しない(社会的に望ましくない)。反対に、ある航空会社が独占的にHSS を利用してすべての都市間にネットワークを形成することが均衡として導かれる(望ましい)。
さらに社会的および経済的ネットワークがどのように形成され、そのネットワーク構造が効率的であるのか、また安定的であるのかという研究も1990年代後半から積極的に研究されてきた分野である。それぞれのノードが意思決定する環境において、HSSが効率的である局面であっても安定的でないことが導かれている。ただし、距離的な要素を入れリンクの形成費用が非対称であるならば、HSSが形成され安定的になる。費用の非対称性が大きくなればなるほどHSSのハブの次数が大きくなる。これは、様々な面で東京一極集中している日本の現状で、航空ネットワークも東京に集中することを説明している9)。
7) ネットワーク外部性とは、同じ財・サービスを消費する個人の数が増えれば増えるほど、その財・サービスから得られる便益が増加する現象のことである。ネットワーク効果は、直接的な効果と間接的な効果に分けられ、直接的な効果とは、同じネットワークに属する加入者が多ければ多いほど、それだけ加入者の効用が高まる効果である。間接的な効果とは、ある財(例えばハード機器)とその補完財(例えばソフトウェア)が密接に関係している場合に、ある財の利用が進展すればするほどそれに対応した多様な補完財が多く供給され、それにより効用が高まる効果である。
8) ネットワーク外部性とプラットフォームの効果を空港に適応した研究の紹介は、米崎(2022)を参照。
9) ネットワーク効果が大きければ大きいほど一つのハブに集中することは容易に想像できる。ただし、ネットワーク自体にシステムリスクを導入し何らかのショックによってリンクが切れるような状況を想定すると一つのハブではなく複数のハブが存在することをモデルで導くことができる(ただし条件が厳しい)。これは、自然災害など大きなリスクを抱える日本において東京一極集中がこれ以上進むことのリスクとも解釈できる。ただし、個人のインセンティブでは上の状況を導くことは難しいので、現実的には政策的に何かしらのバックアップを設定する必要があるのではないかと筆者は考えている。
本稿では、簡単ではあるが21世紀にはいり研究が進んだネットワーク科学の分野の航空市場における応用分析の結果の一部を紹介した。現実のネットワークは複雑に様々なことと関係をしている。それらの理解のために多面的な視点からネットワークをとらえる必要がある。航空市場は自由化が進んでいるとはいえ、他の市場と比較して参入障壁も非常に高く、また制度の影響を受ける。グローバリゼイションがより進んでいく中で、航空市場が重要な役割を果たすことは自明の理であり、より深い理解が必要となる。
2023年には大幅に回復した航空市場ではあるが、ポストコロナにおいて気候変動に対する対策やビジネス需要の回復の遅れなど市場に関係する課題は多く存在する。また、ここでは触れていないがグローバルアライアンスに関しても変化があり、航空会社間のジョイントベンチャーなどが進むなか、これらは航空ネットワークに影響を与える。今後はこのような動きを含んだ最新のデータを利用した分析を進める必要がある。
参考文献