-学識者による研究レポート-
野村 宗訓 氏
福山大学 経済学部 教授
EU(欧州連合)では1990年代から郵便サービスの域内市場を開放する制度改革が進められてきた。1997年から段階的に自由化が適用され、2012年には加盟国の市場が全面自由化されるに至った。従来からの「ユニバーサルサービス」を維持しながら、宅配など成長の見込める部門では競争環境が整備された。
郵便については歴史的経緯から国や地域によって業務内容に違いがあるが、基本的には窓口業務と配達業務に区分できる。近年はeメールなどの通信手段の変化により、郵便局の窓口サービスや手紙の利用頻度は激減している。他方で、スマートフォン(スマホ)を使ったeコマースによる商品(パーセル)の配送は急速に増えてきた。その取扱量は新型コロナ感染症以降も増加傾向にある。
欧州郵便事業者の中で宅配部門を強化したのは、ドイツのDP/DHLとオランダのTNT(FedEx)である。前者は自国ライプツィヒ・ハレ空港を貨物ハブとして活用したのに対して、後者は隣国ベルギーのリエージュ空港に拠点を置いてきた。欧州における貨物・郵便取扱量の上位10空港は表1の通りである。このうちの半数がドイツとベルギーであり、ライプツィヒ・ハレ空港とリエージュ空港はトップ5に入る。本稿では、この2空港について焦点をあてることにより、地方空港の有効活用策を探ることにする。
郵便自由化プロセスの早い段階で宅配業務の成長に着目し、経営戦略を展開したのがドイチェ・ポスト(DP)である。1950年にドイチェ・ブンデス・ポストが国営郵便会社として設立され、1989年には郵便、通信、銀行が分離された。1995年に3社は株式会社に移行し、2000年にDPは株式売却に基づき民営化企業となった。その後、2002年にDPはアメリカの大手物流会社DHLの株式を取得し、DP/DHLとして国際宅配企業に転じた。
DP/DHLは「グローバル・エクスプレス・ネットワーク」を標榜し、約300機の航空機を活用して220以上の国・地域とつながっている。2008年に旧東ドイツのライプツィヒ・ハレ空港を国際貨物の拠点として選んだ。その理由は混雑空港ではない点、24時間空港である点、周辺都市につながる道路網が整っている点など、好条件がそろっていたからである。同空港の運営者はミッテルドイチェ・フルークハーフェン(MDF)であるが、図1に示されているように、出資者は地元の5自治体であり、ドレスデン国際空港とグランドハンドリング専門のポートグランド社も傘下に置いている。
本年7月末にMDFとDP/DHLの間で、ライプツィヒ・ハレ空港に関して2053年までの29年間にわたる長期契約が結ばれた1)。貨物拠点として業務を開始した2008年からは45年に及ぶことになる。同空港はDP/DHLが使用する空港の中でも最大規模のハブになっている。DP/DHLの株主構成(2024年9月末時点)に注目すると、フリーフロート(浮動株)79.85%、KfWバンケングルッペ(ドイツ復興金融公庫)16.99%、トレジャリー・シェアズ(自己株式)3.16%となっている2)。KfWの比率は引き下げられてきているが、DP/DHLの主要株主は政府系金融機関である。別の言い方をすると、ドイツ政府の関与する民営化企業がアメリカの大手民間物流会社を取得して、自治体共同経営のライプツィヒ・ハレ空港を貨物・郵便のハブにしているということになる。
1) Mitteldeutsche Flughafen AG (2024), p.1.
2) https://group.dhl.com/en/investors/shares/shareholder-structure.html
EUの郵便自由化で宅配業務に特化したもう一つの企業はオランダのTNTである。前身は1928年に設立されたPTTにまで遡る。PTTは1989年の民営化後、KPNと改称され、宅配市場に参入した。KPNは1996年にオーストラリアの宅配企業TNTを買収し、TNTポスト・グループ(TPG)となった。その後、TPGから通信と郵便部門が分離され、宅配部門の社名はTNTに改称された。同社は2004年から隣国ベルギーのリエージュ空港にハブ機能を置き、宅配・貨物を強化することになり、TNTエクスプレスという社名を使っている。
前述のDPがアメリカ企業を買収したのとは対照的に、TNTエクスプレスは2016年にアメリカの大手物流会社FedExにより買収され、FedEx/TNTとなった。オランダの大規模空港はアムステルダム・スキポールであるが、TNTはあえて混雑していないリエージュを選んで拠点づくりをしてきた。リエージュは近隣都市とトラック輸送でつながっているだけではなく、マース川の水運も利用できる点で大きなメリットがある。FedEx/TNTに移行してからは、欧州ではフランス・パリのシャルルドゴール空港とリエージュ空港の2拠点体制をとり、取扱量の多いシャルルドゴールが中心的役割を果たすことになった。ベルギー国内での旅客と貨物・郵便の推移は表2の通りだが、リエージュの旅客は少ないものの、貨物・郵便はブリュッセルの約2倍近くに達していることがわかる。
FedExはアメリカ・テネシー州のメンフィス空港を拠点として、約700機の航空機で220の国・地域を結んで宅配・貨物業務を展開している3)。オランダのTNTエクスプレスの傘下にはTNTエアウェイズという航空会社が存在したが、1999年にASL エアラインズ・ベルジャムとなり、2016年にはアイルランド・ダブリンに本社を置くASLアビエーション・グループに売却された。FedEx/TNTは同社からリース機材を調達できる立場にあるので、欧州ネットワークを強化することができた4)。ASLアビエーション・グループは8つのブランドで航空会社を運営しているほか、チャーター機やビジネスジェットの部門でも積極的な経営を展開してきた。ビジネスジェット専門のASL プライベート・ジェット・サービシーズもリエージュ空港に拠点を置いている。
3) https://www.fedex.com/en-us/about/company-structure.html
4) https://www.aslgroup.eu/en/news/96/asl-private-jet-services-and-asl-airlines-belgium-establish-strategic-partnership-in-liege#:~:text=ASL%20Airlines%20Belgium%20(formerly%20known%20as
eコマースの普及によって配達の「ラストマイル」に大きな変化が起きている。伝統的な郵便事業者は戸別配達(ホーム・デリバリー)が主たる業務であったのに対して、宅配業者は鉄道駅やショッピングセンターに配備されたスマートロッカーやPUDO(ピックアップ・ドロップオフのできる宅配ロッカー)を中心に大量の配達物に対応できる体制を整備している。これは図2のように、「アウト・オブ・ホーム(OOH)型デリバリー」と呼ばれる。QRコードなどを使い、カード決済を基本としていることに加え、再配達コストがかからないというメリットもある。利用者は発送時と受取り時のどちらでも自由な時間帯で使用できるので、「クリック・アンド・コレクト」が可能になるだけでなく、C2C取引も容易になっている。
このような郵便事業の宅配業務への転換はeコマースの定着だけではなく、大手物流事業者の航空機活用と非混雑空港との長期契約等の要因に支えられている。空港運営者側の視点としては、国内旅客中心のハブ空港を狙うのではなく、ライプツィヒ・ハレ空港やリエージュ空港のような国際貨物・郵便に軸足を置きながら、地域の発展に貢献するという選択肢がある点は参考になる。わが国へのインプリケーションを考えると、島国であるために、国際都市との鉄道輸送やトラック輸送が成立しない面もあるが、アジア諸国の物流会社や航空機リース会社、空港運営者との協力によって自国と相手国の地方空港を活用する可能性は残っているだろう。
参考資料
https://www.europarl.europa.eu/RegData/etudes/STUD/2019/629201/IPOL_STU(2019)629201_EN.pdf
https://ec.europa.eu/docsroom/documents/60374/attachments/1/translations/en/renditions/native