-学識者による研究レポート-
西藤 真一 氏
桃山学院大学
人口減少と高齢化はわが国の地方における主要課題である。地域経済やコミュニティを維持するためにも一定の人口が必要だが、一般に人口減少率が高い地域ほど高齢化が進んでいる。一般に働く場が少なく賃金の面で都会に比べて見劣りすることが若者の地方への定着を阻んでいると考えられる(山口, 2018)。
しかし、一自治体だけでその趨勢を変えることは現実的ではない。もちろん定住人口の拡大は自治体にとって大きな目標だが、さしあたり「関係人口」として地域に対する関心を持ってもらうきっかけ作りや、ひいては地域を訪問してもらう「交流人口」を拡大させる取り組みを推進している。空港はビジネスや観光で地域のゲートウェイとして機能し、関係人口・交流人口の拡大を担う重要なインフラである。
コロナ禍以前では地方空港が立地する自治体が中心となり、多額のインセンティブを手に航空会社の誘致に動いた(遠藤, 2021)。もちろん、この努力により航空路線が開設され、地方へのインバウンド誘客に一定の貢献はあった。しかし、いったん路線が誘致できてもそれが定着するとは限らない。錦織(2020)は相対的に個人客の割合が高い空港は路線が定着する傾向にあるが、団体客の割合が高い空港はその逆となることを明らかにして、路線維持を安定化させるうえでは個人客の割合を高めていくようなプロモーションや二次交通等の整備が求められると指摘している。
確かにそれらの環境整備は航空会社の誘致において重要だが、受け入れ側としてはその路線が定着するかどうかを見極めなければ投資に踏み切れないジレンマもある。たとえばエプロンやターミナルビルなどの拡張は大規模投資にならざるを得ず、便数の拡充に伴い一定の旅客を将来にわたって確保できる見込みがなければ投資に踏み切れない。ハード面のみならず専門的なスキルを持つグランドハンドリング人材の確保においても同様である。しかし、コロナ禍が一段落したのち、その人材が各地で不足しており、便数を拡充したくてもできないというボトルネックが生じかねない事態になっている。空港の機能を維持し、それが地域経済に恩恵をもたらすためにも人材面でのボトルネックの解消が求められる。
ここ数年であらゆる産業で人手不足の問題が顕在化してきた。たとえばバス事業では収益的な事業と言われ、大抵の場合赤字の地元路線バスの支えでもあった高速バスでさえ人手不足により減便せざるを得なくなっている。コロナ禍後の航空便の復活を受けて空港のグランドハンドリング業務での人手不足が問題視されているが、この業界だけが人手不足に陥ったわけではない。
人手不足の現状がどの程度かを知る手掛かりとして有効求人倍率を見てみよう。ただ、空港の「グランドハンドリング職」という職業分類は統計上存在しないので、当該業務に比較的類似すると思われる自動車運転職と接客・給仕職の状況を確認する(図1)。この10年、これらの職業は求人倍率が1以上、つまり職場さえ選ばなければいつでも働ける状況であり、その傾向はコロナ前から年々高まっていたことが分かる。しかも全職業平均を上回る求人倍率で推移してきた。併せてコロナ禍では他の産業よりも大きく求人数を減らしたこともわかる。この点は、空港業務の分野では業界として疫病や世界情勢に対して脆弱だというイメージを定着させたという指摘(国土交通省, 2023)に当てはまる。
コロナ禍以前から航空業界は皆が憧れる職場であった。航空連合が現在空港で働く人を対象に2023年2月に実施したアンケート調査では、高校生を卒業するまでの段階で将来の就職先として航空業界を選択していたことを紹介している(航空連合資料,2023)。あわせて飛行機に対する憧れやテレビドラマの影響があったなどの声も紹介され、若い人々の航空関連業界に対する特別なイメージを垣間見られる。
しかし、コロナ禍でそれが一変した。イメージが多少悪くても待遇さえ良ければ働き手は戻るだろうが、賃金面で他の業界に比べて見劣りするのが実情である(航空連合資料, 2023)。勤務体系も決して恵まれているわけではない。業務の特性上、航空ダイヤにあわせて業務が発生することから変則的な勤務も余儀なくされる。必要な人員を確保するためにも賃金を含む待遇の改善は不可欠である。
しかし、問題はそれらの業界が抱える生産性の低さである。生産性が低い状況では賃上げの原資を捻出することが難しく問題解決に結びつきにくい。「グランドハンドリング業務」に該当する業種は存在しないため、ここでは関連業種で確認する。図2は空港業務に関連すると思われるバスやタクシーなどの道路旅客運送業、警備業、宿泊飲食サービス業の3つの業種の生産性を見るために、従業員1人当たりの付加価値額を試算したものである。
ここでは林(2018)にならって、加算法による付加価値労働生産性を試算する。業種横断的に比較するため、「経済センサス-活動調査」のうち入手できる最新3回分の調査結果を用いた。そして業種ごとに、経常利益に人件費(給与総額と福利厚生費の合算値)、減価償却費、動産・不動産貸借料、租税公課を加えて付加価値額を算出し、それを従業員数で除した 。
2021年の結果で道路旅客運送業と宿泊飲食サービス業の試算結果が低下しているのは、新型コロナウイルス感染症の拡大による経営悪化が原因であると考えられる。しかし、その影響がなかった2016年の結果ですら全産業平均と比べて良いとは言えない。道路運送業は全産業比で約63%(約444万円)、警備業は同・約52%(約368万円)、宿泊飲食サービス業は同・約38%(約271万円)と非常に低い。低い賃金水準を改善するためにはその原資として高い付加価値を生み出すことが必要だが、その確保が難しい状況である。
仮に、これら3業界で賃上げが行われ、1人当たり人件費(福利厚生費を含む)が全産業平均並みに引き上げられた場合を想定して試算してみよう。その場合でも、1人当たり付加価値額は全産業平均の約705万円に対して、道路運送業で約500万円、警備業で約487万円、宿泊飲食業で約509万円である。
以上で見たように、これらの業界の待遇は他の業種に比べて相対的に低い。しかし、労働分配率で見れば全産業平均が約54%であるのに対して、道路運送業で約73%、警備業で約71%、宿泊飲食業で約52%である。宿泊飲食業は別として、労働分配率が相当高いのはこれらの業界が労働者の手作業に頼らざるを得ないサービスを提供していることを反映している。したがって、これらの業界でただちに生産性を引き上げることは難しい面がある。
とはいえ、待遇改善ならびにその原資を捻出するための労働生産性の引き上げは半ば不可避である。つまり、業界として可能な限り省力化投資を進め、少ない労働力でできるだけ稼げる体質に転換しなければならない。生産性を高めるためには端的には経常利益の拡大ということになり、それは売上拡大と費用低減といった極めてオーソドックスな取り組みになるだろう。具体的には業務の繁閑を反映し受託料収入を総額ベースで引き上げることや、イノベーションによる省力化、人材やハンドリング機材の共有化などが考えられる。
空港業務に関連する事業者は、2023年8月にはじめて「空港グランドハンドング協会」という業界の各社横断的な組織を設置し、各社協力のもと現場改善に取り組んでいる。空港の保安に関する業務でも「スマートレーン」に代表されるような自動化・省力化を実現する装置の導入を加速する必要がある。
イノベーションによる生産性の向上は不可避だとしても、個社レベルでの投資には見合わない可能性もあるが、その投資が旅客増をもたらすのであれば地域経済にも効果をもたらす。その場合には国や自治体による支援も求められる。これまで地域の観光振興の一環で路線誘致に躍起になる自治体は多くあった。それ自体は重要な取り組みではあるが、空港業務がボトルネックとなりつつある現状では観光振興・地域振興のためにこそ空港業務の支援策を考える必要に迫られている。
<主要参考文献>