-関西空港調査会主催 定例会等における講演抄録-
小林 潔司 氏
京都大学名誉教授・同経営管理大学院特任教授 一般財団法人関西空港調査会理事長
●と き 2025年3月12日(水)
●ところ 大阪キャッスルホテル6階 鳳凰・白鳥の間
今日のタイトルは「ポストコロナの世界はどう変わろうとしているのか」としていますが、「変わろうとしているか」というよりは、「どう変わったか」という方が正確だと思います。むしろ「大きく変わってしまった」と言った方がいいでしょう。最近海外へ行かれた方は、そこで非常に大きな変化を感じられたのではないでしょうか。今日は1つ目に、その変化の象徴とも言えるAIについての話をしてみたいと思います。それから2つ目にDXについて、世界が今DXをどう見ているのかという話をします。3つ目は、日本型のプラットフォームは可能なのかという点。日本はプラットフォーム形成が弱い、プラットフォーマーがいないとずっと言われてきました。現実にそうなのですが、日本型プラットフォームが可能かどうか、皆様と一緒に考えていきたいと思っております。
最初にAIの話ですが、2年前の今頃。ChatGPTが爆発的に普及して、2023年度の京都大学の入学式でも、湊総長がこのChatGPT について言及しました。2年前の衝撃はやはりすごいものでした。当初はChatGPTの大学の教育・研究における是非について大きな議論が巻き起こりました。どこまでが本当の情報で、どこからが間違っているのか、フェイクもたくさんある、そういうことを言っておられました。
その後この2年で大きく状況は変わってしまい、最近では、ChatGPTを使っていない京大の学生はほとんどいません。みんな使っていると言っていいでしょう。それをどう見抜くのか、教員にとっては、そこが勝負になっているという感じです。
私の研究室の秘書の方々も使っています。その後に出てきたAIはさらにパワフルです。今ではAIを使ってパワーポイントをつくることもできるようになっています。ちなみに、今日の私の資料は自前のもので、AIを使っていない珍しいパワーポイントです。
パンフレットやポスターも、今やほとんどAIでできてしまいます。数学の問題だって解けます。今年の京都大学の入試問題をChatGPTに解かせたところ、見事に正解しました。間違っているかどうか、AIが正しいのかを最終的には自分で判断しなければならない、そんな状況になっています。
最初、2023年に各大学はAIにどう対応したか。初期のころは、生成AIに対してどちらかと言えばネガティブな反応が多かったですね。「大学たるもの、こんなものに頼っていてはだめだ」という姿勢でした。
そんな中、積極的にAIの利用を推奨したのは、2023年夏前の岐阜大学でした。これをきっかけに、少しずつ流れが変わっていったと感じます。
では京大はどうだったか。さすが京大というべきか、対応は「先生に任せる」というものでした。
しかしそこから世界はさらに変わりました。その話を今日はさせていただきたいと思います。
コロナ禍の間に、ZoomやTeamsなどのオンラインツールが発展しました。世界津々浦々まで普及し、これまで対面でしかできなかったコミュニケーションが一気にオンライン化しました。さらにビデオに撮ってオンデマンドで視聴できるようになり、距離だけでなく時差の壁も越えつつあります。これら3つを組み合わせれば、今や何でもできる時代になってしまいました。
オンラインが普及した最初の頃はつらかったですね。特に日本、アメリカ、ヨーロッパ間のオンライン会議では、会議の時間を決める交渉力が重要でした。交渉力が弱いと、日本からの参加が真夜中の2時や3時に設定されてしまうので、たまったものではありませんでした。
2020年、コロナが広がり始めた頃、いきなりZoomを使わざるを得なくなり、皆様も苦労されたと思います。アメリカは対応が早く、私どもは5月に日本の土木学会とアメリカの土木学会で国際シンポジウムをオンライン開催しました。2020年のあの大変な時に。 当時、Zoomのプロフェッショナルでシンポジウムに参加できるのは500人程度でした。日本側の提案は「フィフティー・フィフティー」で、日本とアメリカがそれぞれ250人ずつ無料で参加者を集めるというものでした。しかし、アメリカ側は「無料」とした点に対して「そんな馬鹿な話はない」と言ったのです。
アメリカ側は既にオンライン決済技術を導入していました。彼らは「一人10ドルで、オンデマンド配信で10万人を集めれば1億円もうかるじゃないか、もうそういう時代になったんだ」と言いました。日本側にはお金をチャージするような技術はなく、かろうじてオンラインにつながるだけで精一杯でした。
アメリカからは現実を突きつけるようなことをいろいろと言われました。彼らは世界中にネットワークを持っているため、そんなことは簡単だったのです。その時に、これは大変な時代になったなと思いました。
その後、あれよあれよと言う間に同様の手法が世界中に広まりました。その夏頃にはインドネシア大学ともオンラインで国際シンポジウムを開催しましたが、彼らも同様の手法をとっていました。
それまで国際シンポジウムや国際会議などはボランティアで行うという意識が強かったのですが、コミュニケーション技術の発達によって、一気にビジネスの対象となったのが2020年の大きな変化でした。
それから5年が経った今、世界がどういう状況になっているかは、もはや説明するまでもないかもしれません。ところが我々の分野では「オンライン技術はもう古い」とされています。まず容量が小さ過ぎます。動画配信の容量に限界があります。技術が古くなってしまっているのです。今は、いかに新たなイノベーションを起こしていくかを議論する、そういう時代になってきました。
さて、それで大学はどう変わってきたかという話です。まず中世13世紀の大学は、最初はイタリアのボローニャで生まれました。
上は当時のボローニャ大学の絵です。下の写真は、今のボローニャ大学の姿です。 中世の大学は、今の大学と何が違うかというと、当時は印刷技術がありませんでしたので、本も論文もありませんでした。だから教育は当然対面でしかできませんでした。しかも、当時の大学は、学生の組合が先生を雇っていました。今の大学とは違った方式です。このように、学生が有名な先生を集めて授業をしたのが中世の大学でした。
その後19世紀に入って、この仕組みが崩れます。世界中で壊れていきました。それはグーテンベルグの印刷機が世界的に普及したからです。本が普及するのは素晴らしいことでした。これによって、世界中どこでも教科書さえあれば教育ができるようになったのです。一箇所に集まる必要がなくなったわけです。
最初にそのようなスタイルの大学が誕生したのはドイツです。ベルリン大学が世界初の象牙の塔と言われる、研究を行う大学として生まれました。日本でも東京大学が生まれ、京都大学も設立されました。そしてこれらの大学もまた大きな変革を迎えたわけです。
さて、AI、ChatGPTが大学教育やビジネスにどんな革命をもたらしたのでしょうか。私の友人たちを例にとって話します。タイのチュラロンコン大学とはずっと一緒にいろいろな活動をしていますが、現在もチュラロンコン大学と一緒に講義を行っています。タイで一番大きな建設系のコンサルタント企業であるチームズ社の副社長にオンラインで講義をしてもらったことがあります。2年前の話ですが世界が変わったと感じました。
今まで、タイのローカルなコンサルタントであるチームズ社は、欧米のコンサルタントにどうしても勝てなかったのです。情報収集能力が圧倒的に違うし、情報蓄積量も違います。だからどうしても2番手、3番手に甘んじていたわけです。しかし、ChatGPTが普及したおかげで、それまで欧米が集めていた情報が、簡単に集められるようになりました。苦もなく、すぐに情報が手に入ります。世の中にレファレンスポイント(参照点)がどんどん登場して、それまで欧米のコンサルタントが集めていた情報の価値がほとんどゼロになってしまいました。
「これは我々の側にも勝機が見えてきたかな」と感じたそうです。では、どこで価値を見出すか。タイのコンサルタントがドイツのコンサルタントに勝つにはどうすればいいか。それは簡単です。現場です。ローカルの情報、つまりローカリティです。クライアントのニーズ、何を望んでいるのか、カスタム化されたサービスが付加価値の源泉になります。
ドイツのコンサルタントがタイの田舎までわざわざ情報を集めに来ることはありません。そういった情報は、その場、その時でしか役に立たない情報です。これに関しては、タイのコンサルタントの方が強いと言えます。こういう時代になったのだということを話していました。
それから2年が経ちました。世界はまた大きく変わりました。この写真、ちょっとショックな写真です。
2年前ベトナムで撮ったものです。右はハノイの貿易大学内にあるJICAの日本センターです。日本とベトナムの国旗が飾ってあります。このセンターは何をしているかというと、日本企業とベトナム企業のマッチング、ペアリングです。また日本に留学したいと考えている学生に、初歩的な日本語を教えたりもしています。
コロナ前はそれなりに有効でした。私も何度か行って学生たちと話をしましたが、2年前に行ったときがこの状態です。見てください、電気が消えているのが分かります。学生が誰も来ていないのです。それはそうですよね、まだ古いパンフレットが置いてあるような状態ですから。こんな建物はもう壊してしまった方がいいと思うのですが、日本政府は維持するためにまだ多額のお金を出し続けているのです。2階に行くと、カウンターには人がいますが暇そうにしています。
左側の写真は、日本センターの真向かいにあるアメリカのセンターです。色が全然違い、カラフルで立派です。こちらはもう完全にデジタル化しており、1階にはスターバックスも入っています。そして超満員。たくさんの人が入ってきています。こういう光景を目の当たりにすると、頭がくらくらしてしまいます。
2023年に発表された起業力に関する表をご覧ください。
いわゆるスタートアップに関するものです。コロナ前に、アジアの各大学でスタートアップのセンターが設立され、起業教育が始まりましたが、コロナ前につくられたスタートアップはほとんどが廃業しました。しかしコロナ後、新しい企業が復活してきました。
こちらのデータは、世界各地のユニコーン企業(新興企業)が2023年にどれだけスタートしたかを示しています。左の列からASEAN、日本、インド、中国、EU+UK、アメリカが記載されており、人口規模やGDPも併記されています。
GDPの規模で言うと、日本はASEAN全体よりは少し大きいものの、スタートアップの数ではかなり差があります。2023年にスタートしたユニコーン企業の数を見てみると、日本は7社というびっくりするような数です。アメリカは500社、ASEANは30社です。中国は340社あります。日本はわずか7社、完全に負けているというのが実態です。
こちらはIMD World Digital Competitiveness Centerが発表したデジタル競争力です。
主要国のデジタル競争力のランキングが書いてあるのですが、日本がどこに位置していると思いますか。 日本は左側の上位半分に入っていません。右側の一番上にJapanとあり、31位であることが分かります。一つ下にカザフスタン、その下にマレーシア、タイときています。この辺りの国々と日本のデジタル競争力がほとんど同じという実態です。
私は、肌感覚から言うと負けていると思います。 マレーシアのほうが勝っています。特にポストコロナの時代に一気にこのような状況になってきました。ここからどう復活するかが日本の課題です。
先日、シンガポールを代表する都市計画系のコンサルタントでファンドも手掛けている人と、パネルディスカッションで議論をしました。去年の秋頃のことです。私は彼に「どうしてシンガポールは日本に投資しないのか」と質問しました。実際にシンガポールから日本への投資はほとんどありませんから。
するとこんな答えが返ってきました。「日本に投資したいとは思わんね。買いたいと思う技術がないから。ただ日本には会社に眠っている(使われない)特許がまだいっぱいある」と。
日本の企業の特許は、経営と結びついた特許ではありません。各企業内の特定のセクターや自分の技術力を競っているようなもので、経営から遊離した技術だけの特許です。そのようなものが多くあります。それが眠ってしまっているのです。彼はそれには魅力があると言うのです。私の持っている特許もそうです。良い技術だと思うのですが……私も人のことを言えませんね。
彼はこう続けます。「日本は高齢化による労働力不足のフロンティア社会に突入している」と。世界の歴史でどこも経験したことのない、高齢化社会の最先端を走っていると言うんですね。日本の後ろをどの国が付いてきているかというと、おそらく韓国だと思います。しかし韓国が今の日本のような状況になるのはおそらく2040年ぐらいだろうと言われています。もう少し早くなるかもしれませんが。
つまり日本だけが労働力不足という、世界史で類を見ない時代に突入しているのです。そこで何が問題になるのかというと、「新しいビジネスモデルをつくれるかもしれない」と彼は言います。その領域は、内閣府が使う「共創」という言葉が意味するもの、すなわち連携、協業化、副業化です。これを達成すれば、労働力不足を突破する新しいビジネスモデルが、古い特許と組み合わせることで出てくるかもしれない、そこには魅力を感じる、と彼は言いました。
さらに最後、余計な一言を付け加えています。「連携、協業化、副業化、どれも日本が不得意な部分だからね(日本ができるとは思えない)」と。
ちなみにシンガポールはデジタル競争力が世界一です。これは都市計画ラボというもので、訪問された方も多いと思います。小さな国だからこれができるのですね。島のあちらこちらを区分けし、それぞれのまちを研究室(ラボラトリ)にするのです。その地域では特区でどんどん新しいイノベーションを進めており、お金も投資されていっています。これが今の実態です。さあ我々はどうしたらいいでしょうか。
先述の連携、協業、副業化、ここを突破するのはやはりイノベーション力、経営力なのですが、DXもその一つではあります。しかし、日本が考えているDXとシンガポールが考えているDXは全然違います。
そこで、「世界が考えている」DXの話を少ししてみたいと思います。右下の人物はエリック・ストルターマン(Eric Stolterman)、DXを提唱した人です。今は米国にいますが、DXを提唱したときにはスウェーデンのウメオ大学にいました。私もウメオ大学で教鞭をとっていたことがあり、そのときの後輩です。
彼がDXを提唱し出したときのことはよく覚えています。2004年のことでした。何のためにDXをやるかというと、頭の中には省力化があった。面倒くさいことは全部外していくという、とにかく簡単にするためにDXが必要なのだ、と言っていました。日本もようやくDXが政府の政策にも出てくるようになったよ、と伝えたら、「AI時代にDXがいるのか? いらないだろう」と。世の中はAI、今のChatGPIがすごいのは、世界中のありとあらゆる文献、小説であろうが論文であろうが報告書であろうが、何でもかんでも入力されていることです。
そしてマスキングという技術が生まれました。マスキング技術というのは、AIによる学習なのですが、文章の一部を隠し、残りの文章からこの隠した一部を予測して学習していく技術です。それまでのAIが不十分だったのは、学習する「教師」の数が少なすぎて、ディープラーニングができなかったからです。
ところが、大した技術ではないものの、隠した部分を周りから予測できるようになって何が起こったかというと、「教師」の数が爆発的に増えたのです。今までは限られた「教師データ」をいかに学習させようかと考えていましたが、天文学的数字の「教師データ」が生まれてきました。そういう時代になったのです。それが今の生成AIの爆発的普及の原因になっているわけです。
ありとあらゆる文献が既に入力されている、そんな時代になぜオリジナルの元データを入力してつなげる必要があるのか、AI時代にDXは必要ない、というのが彼の答えでした。ところがこのDXが最近また違う形で復活してきました。どこで復活したのかというと、副業です。
ここで少しだけ、北欧の情報個人情報保護について説明しておきます。皆様もご存じのように中国は監視社会で、街じゅうにカメラが設置されており、どこで何を話しているか全部分かります。実は北欧でも同様で、全部分かります。
電子カルテや薬歴なども全てとっくの昔にクラウド化されてしまっています。福祉国家スウェーデンでは専門職であるケアマネージャーなどの立場が大変強いため、ケアマネージャーは対象としている患者のカルテ、個人情報にアクセスできるのです。
中国とほとんど一緒ですが、一つだけ違うところがあります。ドイツもそうなのですが、北欧では誰が個人情報にアクセスしたかという情報も分かるのです。だから誰かが不必要に誰かの個人情報をのぞこうとすると、すぐにアラートが来て訴訟が起こる、そういう社会です。アクセス元までが公開されてしまうわけです。
日本はそのような社会にはまだほど遠いでしょう。ではどうすればよいのか? やはりみんな個人情報は見せたがりませんから、入口で遮断してしまうとか、見せた途端にのぞかれるかもしれないので名簿類は出さないとか、水際で全部遮断していくことですね。しかし遮断しているつもりが、実はもう盗まれてしまっていることもあります。例えばヤフーで何かを検索すると、広告が出てきます。どういうものを検索したかという情報は全部監視されています。
こういう状況に来ています。ここをどうすればいいかという話です。
BIM/CIMについては、日本でも今いろいろ義務化されて、納品時にBIMをつくらないといけないなど、皆様苦労されていると思うのですが、BIMはもう世界中でつくられており、日本だけがつくっているわけではありません。
こちらの写真をご覧ください。これは去年の6月に、タイのチュラロンコン大学で開催した国際シンボジウムの様子です。左の写真で私の向かいに座っているのが、ビーラサック(Veerasak)という、私の30年来の友人です。当時は学生でしたが。
2年前にビーラサック先生が東京に来られました。東京駅の喫茶店で会って話しました。 彼に「これからはデジタルアセットマネジメントの時代だと思う」と言いました。彼はその議論に意気投合しました。
これが早いもので、その話から1年経って、チュラロンコン大学にデジタルアセットマネジメント研究所が設立され、8人の教授が就きました。1年で研究所をつくってしまったのです。右の写真はその研究所の開所式の様子です。私も「おめでとう」を言いに行きました。ビーラサック先生が講演をしています。 主題は 「From BIM to Digital Asset Management」。
BIMは古いといいますか、タイでも使われていませんでした。なぜなのか? そこからスタートしました。ところがこの1年間で使われるようになったのです。まだ日本はそこまでいっていません。
このデジタル技術は少し範囲が狭く、アセットマネジメントやインフラマネジメントの小さな世界の話ですが、BIMを入れることによって、デジタルでないとできないことが可能になるのです。今まで行っていた構造物の目視点検などでも、以前はできないことがあった、それは何なのか、これがスタート点です。
まず1つが「マネジメントの網羅性、悉皆(しっかい)性」です。これは何のことか分かりにくいかもしれませんが、昔は、構造物の健全度を数値情報でインデックス化し、表にいろいろと記入し、劣化曲線を描くなどしていましたが、現実には目視点検で見ていないところがあるのです。どうしても見えないところがあるからです。ドローンを飛ばさないと見えない、あるいはドローンを飛ばしても見えないところ、非破壊検査が必要なところなどがあります。
そういう見えていないところは3D上に色を塗ります。「ここは目視点検で見えないので、別の方法をとらなければならない」、あるいはエンジニアが「ここは重要なところだから必ず点検しなければならない」というところに色を塗る。重なって見えないところに重要な部分があるのなら「ここは重点的に調べなければならない」など、とにかく全てをマネジメントの対象にすることができます。これはデジタル技術がないとできないことです。
そして2番目、これは昔からデジタルツインのときに言われていたことで、「実際に起こった現実だけではなく可能性を考える」ということです。例えば飛行機のデジタルツインでは、「エンジン4つのうち3つが止まり、 さらに落雷を受けたときに飛行機の機体がどう飛ぶか」を検証しました。そんなことを実際に実験できないので、 デジタルツインでシミュレーションを行います。このように可能性を検証できるようになるわけです。
そして3つ目の「想定外の観測」です。変異は目でなかなか見にくいもの。プロが見れば分かるのでしょうが、時間と共に形が変わっていく、動いていく、 そういうものはデジタル情報できちんとその次元で観測しないと計測ができません。そしてさらに、プロファイリング・現場の省力化へとつながっていくわけです。
これがチュラロンコン大学のBIMです。去年(2024年)の6月に研究所が開所して、最初のお客さんは誰だったかというと、大学自体でした。こういうケースが一番やりやすいですしね。右側がキャンパスです。タイで一番大きな大学です。大学の建築物を3D化した図があるのですが、“おせっかい”をいろいろとしているのです。それぞれの建物での二酸化炭素の排出量を色分けして可視化、電気の消費量はどのくらいか、 一人当たりの電気消費量をビルごとに算出、といったさまざまなことをしています。
情報がどのようにお金を生むか、どんなマーケットができるか、その辺りに一生懸命取り組んでいる状況です。正直なところを言うと、チュラノコン大学自体がこのようなAI 技術を持っているのかというと、持ってはいないと思います。日本の方がはるかにIT技術が高いと思います。
しかし彼らは開き直っていて、最初からそういうソフトウェアは買えばいいと思っているのです。世界のトップ大学と提携を結んで、そこが開発した最新ソフトを導入している。私は「そのうち自前で開発しなければならなくなるよ」とは言っているのですが。
しかしどこに重点があるかいうと、それをどう使うか、どうしたらお金が得られるか、 そこは真剣に考えているわけです。そこは我々日本も参考にできるところがあるのではないかなと思います。
日本が遅れているデジタルツインがもう一つあります。 地下ユーティリティマッピング、 Underground Utility Mapping(UUM)というものです。皆様もご存知の埼玉・八潮の事故に関連し、このようなデータの重要性が認識されるようになってきましたが、UUMは、地下にどのような構造物が張り巡らされているかを解析するデジタルツインです。 シンガポールでは既にできています。ロンドンやオランダにもあります。
これの何が優れているのでしょうか? それは前述の「デジタル技術によって何が可能となるのか?」で申し上げた「網羅性」です。地下の構造物など、100%見えるわけがないですよね。地下にあるのですから。部分的にはよく分かっているところもあれば、「多分ここにあるのではないか」という想定しかないところもあります。しかし想定でも描いているのです。
精度により、はっきり分かっているところは明瞭な色で書いています。一方「多分ここだろう」、あるいは「他にもまだあるかもしれない」というようなところはセピア色のようなかすんだ色で示されています。それが大事なのです。先ほど、BIM/CIMで見えないところをきちんと描いておく、色を塗っておくことが大事だと言いましたが、UUMで重要なのは、「ここはよく分かっていない」「情報がそれほどないが、何か入っている」という情報を3D上に描く、という発想なのです。
ここを日本は突破しなければなりません。日本的潔癖性というのでしょうか、全部きちんと表現し切らないと公開できない、責任問題が発生するのではないか、そういう意見が出てくるんですね。今、国で議論している人の間でも、いろいろな意見が出てきてなかなか前に進まないのですが、地下にあるものなんかそもそも見えるわけがないのです。
そういう曖昧性、不確実性をどう表現するのか。これはリスクマネジメントです。リスクを表現することが、ツールとしての義務であるという発想にどれだけ転換できるかにかかっています。そこを何とか日本も突破していきたいと思うのですが、 プラットフォーマーがなかなかいません。
また一つの事例を紹介します。インターネットで調べるとすぐに出てくると思いますが、「インスタント配達アプリLalamove(ララムーブ)、日本に上陸・東京23区でサービス開始」と書かれています。日本では「物流版ウーバー」という言い方をしています。
タクシーのUber、これはお客さんとタクシーをマッチングさせているアプリです。しかし Lalamoveの狙いはそこではありません。日本ではそれぐらいしか入っていく余地がないのです。日本に出てくるために「物流版ウーバー日本進出」としているわけです。
バンコクへ行くとLalamoveの車がたくさん走っています。マレーシアでも走っています。ハノイでもフィリピンでも、たくさん走っています。物流の「ラストワンマイル」を押さえているのです。
これも去年(2024年)です。左側の写真の真ん中にいる女性、彼女はLalamoveの タイ支店に勤務しています。Lalamove自体は香港の企業なので、本社が経営戦略を考えており、彼女がどこまでビジネスモデルを考えているかは分かりませんが。
右側の写真はパネルディスカッションの様子です。Lalamoveと共にビジネスモデルについてディスカッションをしています。何を言っているかというと、 UberやGrab(グラブ)はもうダメだと。もちろん国にはよりますが、マレーシアはGrabの加入率が減少し、占有率も減ってきています。
このようなプラットフォームは、プラットフォーマーに利益が集中する構造になるのです。 Grabに加盟している個人タクシーの経営者(タクシードライバー)の実入りが少ないからです。
UberやGrabのアプリは簡単でコピーできるので、ローカルの経営者が参入してきて、安い値段でマッチングするようになってきたため、大きなプラットフォーマーがもう必要ではなくなってきているのだと思います。
これがプラットフォームの実態だということです。そういう世界であることをみんな分かっているので、そこをLalamoveはどう突破してくるのでしょうね。しかし日本ではまだまだ難しいでしょう。もう少し時間がかかるのではないかと思います。
タイ社会もドライバー不足になってきています。ドライバーになる人がおらず、労働力が不足し始めてきています。ドライバーは大変な仕事です。バンコクを見れば分かると思いますが、ひどい交通渋滞で、ドライバーをするのは大変ですし、収入も低いのです。
それで一番あおりを受けているのが公共交通です。バスの定時制が阻害されてしまうのです。バスの運転手が定時性を確保するのが非常に難しくなってきているので、 Lalamoveはそこに進出しようとしています。UberやGrabの問題は、優秀な運転手を囲い込んでいないことだと思います。一方Lalamoveは優秀な運転手を囲い込もうとしています。そこで何をしているのかというと、やはりアプリです。
Lalamoveのアプリをドライバーが開くと、「ドライバー募集」という項目があるので、そこに登録します。すると、「どこそこを運転してください」という、詳細の情報がきます。朝と夕方は通勤の交通が多いので、そこは公共交通が多く走っています。しかし昼間はさほどバスがいらないので、その時間で宅配してくれということです。「宅配とバスの副業化」が一つの会社の中でできているのです。地域も選べます。バンコク、アユタヤ、 あるいはチェンマイで実施する、そのようなビジネスモデルをスタートさせるという話をしているのです。
副業化がどんどん前に進んでいっています。だからプラットフォームで言うと、もうUberやGrabのようなビジネスモデルが少し古くなってきているということです。優秀な労働者をどれだけ囲い込めるか、そういう時代に入ってきていると言えるでしょう。日本にもチャンスはあります。
そろそろ時間がきましたので最後の事例にしたいと思います。資料にはありませんが。現在、調剤の一部外部委託が話題になっています。これは大きな変更です。
調剤は今まで薬局でしかできませんでした。その調剤を一部ですが外部委託できるようになるということ。これの意味が分かりますでしょうか? 先述のLalamoveだったら、Lalamoveの会社の配送センターの上に薬の調剤をする事業者ができるわけです。それらの配車センターの2階の事務所を調剤の会社にすれば、薬の宅配ができるようになります。これはすごいことですよね。
処方箋は、病院が患者に渡し、それを薬局に出して薬をもらいますよね。ここでは処方箋の情報の価値は、薬をもらうためのだけの情報です。ところが調剤の一部外部委託が実現すれば処方性に新しい情報の価値が生まれるようになります。全国各地に小規模な薬局があり、お客さんが来たら薬を渡せるように各薬局が薬の在庫管理を行います。
その上流である薬メーカーまで在庫管理のサプライチェーンがつながっているのです。日本はまだ海外からの薬の輸入を認めていません。原材料の輸入は認めていますが、薬は日本国内でつくらなければならない。日本の薬品メーカーは必死で薬をつくっています。その一方で、薬不足が問題になっています。サプライチェーンのどこかで消えている可能性も否定できません。それはつまり在庫管理の問題です。調剤の一部外部委託で、薬の国際サプライチェーンの過程の中に、先ほど申し上げた連携、協業、副業化のモデルを導入できる可能性が生まれます。
今まで全く別のビジネスだと思っていたものが、情報を媒介にしてつながることになります。また、今まで情報の価値がほとんどなかったものに、一気に価値が付いてくるようになります。これがDXです。前出のエリック・ストルターマンが「AIによってDXの価値はなくなったかと思ったが、いやいや、また価値が出てきた」と言った意味はそこにあるということです。
日本はこれを突破しなければなりません。しかし省庁の垣根、縦割り行政の問題があります。とはいえ縦割り行政を直せと言っても無理です。財務省が予算を配分しているわけで、そういう意味で縦割り行政は必要なのです。
ただ、協業をどう進めていくか、協業を進めるプラットフォームをどうつくるか、それが重要になってきます。調剤の外部委託にしても、役所が進められるわけではないので、結局市場(民間)が動かないとダメです。
とはいえ、日本は皆様もご存知のように、いろいろな規制があるし、新しい制度をつくっていかないといけません。官の役割は大きく、制度がないと動きません。そういうプラットフォームをどうつくっていけばいいのかという大きな役割こそが官の役割でしょう。きっと日本にふさわしい、日本型プラットフォームがあるのではないでしょうか。これが私からの3つ目のメッセージです。
アメリカでは、プラットフォーマーとなる人物が動いて、自分でプラットフォーマーを築いていきます。入りたい人は入れ、嫌なら入らなくてもいい、そんな感じでプラットフォームができていくわけです。アジアの国はそのような形では動かない。日本も同じです。やはり協業、連携、副業化を進める産官学のプラットフォームをどういう形でつくっていけばいいのか、今考えるべきはそこだと思います。
そのような指摘をさせていただいて、私の話は終わりにしたいと思います。
ご清聴ありがとうございました。