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航空空港研究レポート

-学識者による研究レポート-

空港保安検査の実施主体の変更にともなう制度見直し

加藤 一誠 氏

慶応義塾大学商学部 教授

1.「番台方式」とスマートレーン

 航空利用者にとっての第1関門は、搭乗手続き後の機内持ち込み手荷物・預入手荷物検査(保安検査)である。搭乗20分以前に保安検査場を通過できなければ飛行機に乗れず、検査場に長蛇の列ができていれば、なおさらイライラは募る。
 読者は保安検査場の方式が変わっていることにお気付きだろう。ひとつは、スマートレーンを導入する空港が増えたことである。PCや携帯を取り出す手間がなくなり、従前に比べ処理能力は約2倍だという。いまひとつは、手荷物検査とチケット確認の順序が変わったことである。以前は手荷物をトレイに乗せ、その後にチケットが確認された。最近では、チケットの確認後、手荷物検査に進む空港が増えている。コロナ禍後に旅客が急に空港に戻り、保安検査前に長蛇の列ができたことがご記憶にあるだろうか。混雑解消の対策として考案されたのがこのスタイルで、銭湯をまね「番台方式」と呼ばれる。なお、旅客の心ない言葉によって離職する保安検査員も少なくないという。旅客も出発時間を気にしながら検査場を通過するのだが、カスタマーハラスメントには気を付けたい。

2.保安検査のしくみと主体変更の経緯

 保安検査は航空法改正にともなって2022年3月に法律上義務化され、国土交通大臣が危害行為防止基本方針を策定することが規定された。ここには、危害行為を防止するための基本的な事項、たとえば、政府が実施すべき施策、保安検査の対象や実施主体などが記されている。そもそも、国際航空輸送においてテロの被害や関係者は広範におよぶ。これは航空輸送の技術的外部不経済といってよく、保安検査は国の役割といってよい。わが国と同様に航空会社が保安検査を実施していたアメリカでは、9.11テロを契機に検査主体は国土安全保障省に移行された。
 他方、保安検査は「手荷物検査」とも言われるように、わが国では航空会社が保安(警備)会社と委託契約を結び、実施している。成田国際空港や関西国際空港といった会社管理空港やコンセッション空港では、航空会社が空港会社に事務を委任し、空港会社が保安(警備)会社と委託契約を結び、実施している。しかし、2023年6月、国は実施主体を空港管理者に移行する方向を示した。そして24年11月から主体の移行に向けた課題を検討するため、「空港における旅客の保安検査の実施主体の円滑な移行に関する実務者検討会議」が開催されている。主体の移行によって航空会社の担うべき業務は危害行為防止基本方針に規定され、空港管理者と航空会社が連携して移行に取り組むことになる。今後の論点は移行の対象となる空港、移行の範囲や役割分担および費用負担のあり方などであり、以下ではその一端を現時点の私見を交えつつ紹介する。

3. 今後の論点

3.1 対象となる空港と移行の進め方

 各空港には歴史があり、空港ごと、さらには空港内でも保安検査場別に受託事業者が異なり、移行のための均一的なルールを設定することは容易ではない。そこで、乗降客数の大部分を占める主要空港(新千歳、羽田、成田、中部、関西、伊丹、福岡)をはじめ、モデルケースとなるような空港の移行を先行させ、他の国管理空港や地方管理空港も順次移行することが想定されている。具体的には、空港管理者である国や地方自治体が空港ターミナルビル会社(空港ビル会社)に事務委任する方向が示されている。
 検査には一般旅客向けの保安検査だけではなく、従業員向け検査や航空会社の専用プレミアムレーン、預入手荷物検査などもある。すでに、空港ビル会社は従業員や乗員の保安検査を担い、一部の空港ビル会社は検査機器を設置している。また、一部の会社管理空港やコンセッション空港は、航空会社から事務委任を受けて検査会社と契約し、検査員のレーン配置といった事務を担う。このような検査も空港管理者に移行されると思われるが、費用負担や移行の範囲に関する調整が残されている。そして、国は委任の詳細な内容を把握していないため、2025年度にはすでに事務委任を実施している空港会社と協力し、空港ビル会社の役割を明確にすることになろう。
 もっとも、97の空港すべてにおいて主体を移行することは合理的ではない。その他飛行場の調布や天草、地方管理空港のなかでも離島の小規模空港では航空会社職員が検査するか、グラハン系子会社に保安業務が委託されている。このような空港では検査員の労働時間が短くなり、人材の確保も容易ではないため、大枠では現行の制度が維持されるべきではないだろうか。

3.2 役割と費用の分担

 表1は空港別の保安関連料金を示したものであり、国管理空港の保安料は2024年3月1日に旅客一人当たり105円から250円に引き上げられている。保安検査機器が高額であること、空港が小規模でも業務委託費は一定の水準に達することから、空港規模が小さいほど1人当たり単価は高くなる傾向がある。そして、表からもわかるように、国内際ともに保安料を徴収する空港、国内のみの空港、国際線に旅客サービス保安料(PSSC)を徴収する空港があり、しかも、空港ごとに料金に差が生じている。保安料を徴収していない地方管理空港が多く、管理者の自治体は空港使用料のほか一般財源からも負担している。自治体は手続きの煩雑さもあり、路線や便数の維持のために新たな保安料の設定には消極的であるとされる。
 保安料は運賃の一部として旅客から徴収され、国管理空港のものは空港整備勘定に繰り入れられる。国はそれを原資に検査機器の整備費と保安検査員の人件費の50%を補助し、残る50%を航空会社が負担している。成田や中部などの空港会社とコンセッション会社においては空港管理者と航空会社が同様の費用を空港管理者と航空会社が折半している。保安検査の空港管理者への移行にともない、航空会社も引き続き受益者であるという考えから、現在の2分の1の負担という考え方は維持されることになるだろう。

表 1 保安料とPSSCの現状(2025年4月1日現在)

 現行の保安料が運賃に含めて徴収されているのに対し、今後は会社・コンセッション空港と同様にオンチケット方式に変更するという方法と、保安料とPSSCを併存させるという方法が考えられる。コンセッション空港は国内線にもPSSCを採用しうるが、国管理空港のPSSCには法改正がともなうと思われ、現時点で即断できないだろう。また、その他の課金としての空港法第16条にもとづく上限認可の旅客サービス施設使用料(PSFC)との整理も必要である(PSFCは加藤(2022)を参照)。

3.3 その他

 実務的には損害賠償や保険の問題があり、コンセッション会社にはコンセッションの実施契約の変更という課題もある。現在、会社管理空港、コンセッション空港および空港ビル会社の加入する空港管理者賠償責任保険には、保険料だけでなく、支払限度額や戦争・テロの限度額にも差がある。大規模災害において賠償額が巨大になった場合、国の補償が必須であるが、空港会社や空港ビル会社には株主に対する説明責任がある。いましばらく、海外事例や法的な検討が必要であろう。

4.今後の課題と展望

 ハイジャック・テロ対策と空港の安全性確保という観点からみれば、態勢の脆弱な空港が狙われる可能性があることから、保安の質が均一化されなければならない。そのうえで、最大の問題は利用者である航空旅客に理解されるような透明性をもつ制度が構築されなければならないということである。筆者は加藤(2024)において実務的に、旅客数の少ない地方管理空港は棚上げし、保安料やPSSCを空整勘定にプールし、そこから同一基準で支出することを提案した。実質的には大規模空港の収入で小規模空港の費用をカバーして、質の高い安全保障体制を構築することを意味するが、ネットワークという航空の性質からして、この提案に近づくような形で制度が構築されることを期待している。
 また、2023年にグランドハンドリング(グラハン)と保安検査員の不足が表面化した時、労働力不足、低賃金、労働環境の悪さをはじめ、様々な課題が浮き彫りになった。今後の検証は必要ではあるものの、グラハン要員の2024年の平均年収は22年と比べて約39%増加した。それに比べて保安検査員は、残業時間が減少したこともあり、平均年収は同期間に13%の上昇にとどまっている。人手不足は各業界ともに抱える問題であり、付加価値を高める新技術の開発が必要である。現在、官民が連携して検討されているものの、当面は省力化を目指すことになっているため、航空・空港業界の魅力をさらに引き上げるような努力を続けねばならない。

【参考文献】

  • 加藤一誠(2022)「空港政策と利用者負担」『ていくおふ』No.166
  • 加藤一誠(2024)「グランドハンドリングと保安検査の人材不足」『都市研究』(近畿都市学会)第20号
  • 国土交通省航空局資料
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