-学識者による研究レポート-
毛海 千佳子 氏
近畿大学経営学部
横見 宗樹 氏
近畿大学経営学部
地域空港2)を取り巻く環境は厳しい。2023年には、九州を拠点とする地域航空会社と日本航空と全日本空輸の合わせて5社が「地域航空サービスアライアンス協議会(EAS Alliance)」を設立し、営業面や調達面で協業を促進・拡大する取り組みが開始された。特筆すべきは、大手二社が系列の垣根を越えて手を結んだことであり、画期的な試みといえる。この出来事は裏を返すと地域航空会社が直面する環境の厳しさを物語るものであり、その受け皿となる地域空港も同様であることは想像に難くない。
地域空港が設置された目的や経緯は様々であるが3)、基本的には国や自治体による公的支援を前提に成立している。しかしながら、歳月を経て当初の設置目的や経緯に現状が乖離すると、公的支援のあり方そのものが問われる可能性も排除できない。開港後に代替交通手段をめぐる競争環境が大きく変化した兵庫県の但馬空港は、その一例とも言えよう。
他方で、一般的に空港は周辺地域や航空ネットワーク全体に外部効果を与えるとされており、これを考慮すると単に利用実績や採算性のみで空港の存在価値を評価することは難しく、したがって公的支援の基準を明確に定めることは基本的に困難と考えられる。
本稿では、2024年で開港30周年を迎える但馬空港を事例に、同空港に対する自治体支援の現状を整理することで、地域空港に対する公的支援のあり方を考察する。
1)本研究の一部は、近畿大学経営学部「2024年度 教育改善プロジェクト」の助成を受けたものである。
2)本稿では、地域航空会社が主たる運航事業者である空港を「地域空港」と定義する。地域航空会社とは、一般的に概ね100席以下の小型機を用いて離島や地方都市間の輸送を実施する航空運送事業者を指す。
3)設置目的や経緯は、杉山・引頭(2016)に詳しい。
但馬空港は、兵庫県北部地域の高速交通空白地解消を目的に、兵庫県がコミューター空港4)として建設し、1994年に開港した空港である。但馬地域は、国の特別天然記念物でかつ兵庫県鳥でもあるコウノトリの最後の生息地ということもあり、2002年に空港の愛称を「コウノトリ但馬空港」に変更している。開港当時は、日本エアコミューター㈱(JAC)のSAAB340B(36人乗り)1機により但馬-伊丹間の1便から運航を開始し、現在は但馬空港ターミナル㈱(TAC)所有のATR42(48人乗り)の1機をJACに無償貸与(同路線以外はリース)して、同路線を1日2便(朝夕2往復)運航している。これは本土で最も短い路線(区間距離約175km、飛行時間約40分)となっている。
2015年には全国初となるコンセッション方式による民営化が実現し、現在はTACが空港基本施設とターミナルビル、駐車場等の一体的運営を行うことで空港運営の効率化を図っている。これは混合型コンセッションに該当し、これまでターミナルビルの運営をしてきたTACに県側が売却額ゼロで運営権を付与する形で行われている。混合型コンセッションは、空港運営費用を利用料金収入だけで賄うことが困難な、相対的に需要規模の小さい空港運営に適した手法である。なお、同事業者の事業期間は5年間とし、現在は2期目(2025年3月まで)となっている。
4)法令上の定義はないものの、既存空港を利用するには2~3時間要する「空港空白地帯」での空港整備と第4次全国総合開発計画で示された「1日交通圏の実現」に対応するために整備された空港を指す(引頭(2017)参照)。
但馬地域は、豊岡市、養父市、朝来市、香美町、新温泉町の3市2町から成り、2024年6月現在の人口は約15万人程度である。但馬空港利用圏内にある京都府北部の京丹後市、与謝野町を合わせても約22万人である。これらはいずれも人口減少市町であり、更なる利用促進には地域住民の利用に頼るのみではなく、地域外からの来訪者を増やす必要がある。実際、但馬には全国的に有名な城崎温泉、湯村温泉、竹田城跡、そして良質な海水浴場やスキー場、さらに松葉ガニや但馬牛、出石そばなどブランド化された特産品もあり、年間を通じて観光資源は豊富にある。これら観光地への来訪と航空利用をつなげることが利用促進の第一の要となる。
関西から但馬地域へのアクセスは、開港後の高速道路網の整備や鉄道の利便性向上により、航空利用は速達性以外では車や鉄道と競合状態にある。自家用車利用は、複数人移動で割安となり、現地での二次交通に悩むことがない。また鉄道利用は、航空より移動時間はかかるものの高頻度で市内中心に直接アクセス可能で、かつ料金も安い。他には高速バスの運行もある。2023年に豊岡市で実施したアンケート調査では、豊岡市への国内観光者(回答数3,527人)のうち約66.5%がマイカー・レンタカー、29.9%が鉄道、2.5%がツアーバス、2.2%が高速バスをアクセス手段として選択しており、航空利用は全体の0.9%のみであることが確認されている 5)。
関東地域からのアクセスでは、羽田-伊丹乗り継ぎによる航空利用の場合、圧倒的に速達性の面で優位となる。しかし、近隣には羽田から直行便(1日5便)で来訪できる鳥取空港があり、かつ鳥取空港から但馬北部には1時間程度でアクセス可能となり、香美町や新温泉町であれば鳥取空港のほうがアクセス性で優位となる。このように、開港当初からの環境変化により但馬地域へは多様なアクセス手段が存在し、同地域における高速交通空白地という課題は緩和あるいは解消しつつあると考えられる。
加えて利用促進には、但馬空港の機能性に課題がある。但馬空港の滑走路長は1,200mと、就航可能な機材が小型プロペラ機に限定される。現状、採算性の見込みはもちろん、滑走路長の問題から新路線開設による需要開拓が難しい状況である。また、但馬空港は山を切り拓いて建設されたため、霧や強風、雪などの気象条件による欠航が多く、離島空港および航路を除くと国内で最も低い就航率(2023年度は91.0%)となり、現在ICAO(国際民間航空機関)が勧告している「95%以上」を下まわる。欠航になると鉄道等の別手段を急遽確保する必要に迫られ、定時性や利便性の面から考えると航空の速達性という優位性までも発揮されにくい状態にある。
2020年2月には、但馬空港の地域振興への役割の再確認と、それを踏まえた上での取り組むべき施策の検討のために、有識者や住民代表等で構成された「コウノトリ但馬空港のあり方懇話会」が設置された。現時点で第4回まで開催され、2022年5月に中間報告が発表されている。短期的取組として、旅客需要増加、新路線展開、空港の賑わいづくり等が提案され、中長期では、滑走路端安全区域(RESA)の国際安全基準への適応6) や、ジェット化を目指した滑走路延長、就航率向上への空港の機能確保などが検討課題とされた。
5)一般社団法人豊岡観光イノベーションが2023年4月1日~2024年3月31日(1年間)に実施したアンケート調査。全回答数は国内4,759人、海外1,244人(豊岡市在住者を除く)。
6)この適応には滑走路の両端を50mずつ拡張する必要がある。
兵庫県および空港周辺の自治体は、空港の機能維持および利用促進を積極的に支援してきた。開港当初から、兵庫県は全国初の支援策としてJACの就航継続を支えるために航空機を購入し、無償貸与する形でコスト負担を図ってきた。このことにより満席になりにくい地方路線において搭乗率70%でも航空会社の採算が合うようにしている7)。さらに天候悪化による欠航を防ぐために、県側が無線や照明、気象観測など、当時の第三種空港並みの施設を整備した8)。現在も空港運営に必要な額を補助している。
空港建設を目指して1983年に但馬空港推進協議会が設立され、この組織を中心に利用促進策が図られている。同協議会は地元市町や商工会、観光協会、区長会等92団体(2024年8月現在)で構成されており、但馬地域の3市2町からの負担金と兵庫県からの補助金で運営されている。同組織は、大阪圏や首都圏発の旅行商品の企画や、キャンペーン活動、イベント実施等を行っている。特に、地域をあげて但馬空港発着の航空便の搭乗率を伸ばすため、空港後背圏在住者・勤務者を対象とする運賃助成を積極的に行っている。
豊岡市を含む但馬地域の3市2町では、住民、出身者およびその家族(帰省利用)、但馬地域の事業所勤務者、ビジネス訪問者を対象に運賃助成を行っている9)。申請先(居住地・訪問先)の自治体、購入航空券により幅はあるものの片道1人1,100円~6,300円の助成額となっており、この申請により、鉄道運賃、時には高速バスよりも割安で航空便を利用できる場合もある。その他にも、子どもや学生への助成も行っており、2024年7月から3歳以上中学生以下の但馬地域在住の子どもを含む3親等以内の同乗者を対象に、但馬-伊丹路線に片道最大1,500円の助成を行っている10)。
運賃助成以外にも、悪天候による欠航の際の支援も行っている。但馬発のフライトが欠航した場合は、JR新大阪駅または伊丹空港まで4,000円/人で代替バスを運行している。また、復路で伊丹発便が欠航になりJR等を利用した場合、但馬空港に駐車しているマイカーを取りに行く必要のある旅客には、豊岡駅から空港までのタクシー代の一部を助成している。他には、伊丹発但馬行きの夕方便が引き返して欠航した際、代替手段として但馬地域までの乗合タクシーを3人ずつの乗合を原則に5,000円/人で手配し、実運賃の差額を補助している。または伊丹発便がフライト前に欠航した場合は、JR宝塚駅まで原則3名利用で500円の乗合タクシーを手配している。
7)『日本経済新聞(朝刊)』(1994年7月18日記事)参照。
8)同上。
9)北近畿(兵庫県丹波市、丹波篠山市、京都府福知山市、綾部市、舞鶴市、京丹後市、宮津市、与謝野町、伊根町)在住・在勤者も対象として拡充し、日本航空による宿泊と航空利用がセットになったJALダイナミックパッケージからの予約による但馬-伊丹-羽田の乗継利用の場合、但馬-伊丹間の運賃を片道3,000円助成している。なお、この助成はスカイメイト利用の場合は対象外となる。さらに香美町、新温泉町は、国・地方公務員の公務出張は対象外となる。
10)上記各自治体の運賃助成制度と併用することが可能。期間中において先着50家族が対象となっており、子どもを対象とする運賃助成は2020年度から4回目の実施となっている。
開港以来、自治体からの様々な支援により利用者数は年々増加傾向にある。特に、2016年度からは年間利用者数が3万人を超え、2017年度には目標搭乗率であった年間平均70%程度を達成している。さらに2018年度から使用機材をSAAB340BからATR42に変更して座席数を12席増加したことにより、年間利用者数が42,000人を超えてピークに達した。その後2020年以降のコロナ禍の影響により利用者は大幅に落ち込むものの、2023年度には38,700人程度とコロナ前の水準に回復している。また、2023年度は羽田からの乗継利用者が就航以来最高の14,702人(総利用者数の約38%)に達し、現在も同数値は増加傾向にある。さらに、2023年度では年間総利用者数に占める助成支援利用者数(但馬地域のみ)は40.3%であり、2017年度の50.4%、2018年度の48.5%と比べると、助成支援利用者の割合も徐々に減少傾向にある(図1参照)。なお、申請先の自治体は、空港および城崎温泉のある豊岡市が常時、全体の約8割を占めている状態にある。
上記傾向から、近年では遠方からの航空利用による来訪者数が増加傾向にあり、但馬地域在住・在勤者以外の新規旅客が開拓できているといえよう。但馬地域の観光地としての更なる魅力を首都圏や関西圏、海外地域向けに効果的にPRできれば、運賃助成制度に頼らない新規需要を獲得できるものと考える。そのためには、空港と周辺地域、航空会社が一体となり但馬地域の観光地としてのPRと航空利用への認知度向上に力を入れる必要がある。
特に、城崎温泉のある豊岡市ではインバウンド客の増加が著しい。全国的なインバウンド客の増加に比例して、豊岡市への外国人延べ宿泊者数も増加傾向にあり、コロナ前の2019年には63,648人とピークに達し、2023年は60,679人とコロナ禍の影響から順調に回復している。そして2023年4月以降は、2019年の各月別の延べ宿泊者数を全て超えており、今後、更なる増加が予想される11) 。2023年の宿泊者データでは、来訪者の出国地は台湾が最も多く、続いてアメリカ、香港、タイ、シンガポール、オーストラリア、中国、韓国の順に延べ宿泊者数が多い。この傾向を考えると、羽田への首都圏アクセスのみを見据えるのではなく、国際ハブ空港への就航、特に近隣アジア地域へのLCC就航の多い関西国際空港へ路線を開設することも、航空便利用の需要開拓への新たな方策として期待できる。
11)豊岡市観光政策課提供の資料を参照。
本稿で事例として取り上げた但馬空港は、高速交通空白地の解消を目的に設置された。しかし、その後に多様なアクセス手段が整備された結果、空港に求められる役割は変わりつつあると考えられる。運賃助成の対象拡大が進む最近の状況からも、車や鉄道など代替交通手段との競合が高まるにつれて、自治体支援の目的が空港の利用促進に一段と集中しているように見受けられる。
その結果、空港利用者は年々増加傾向を辿り、明らかな支援の効果が認められる。その一方で、代替交通手段が存在するなか空港に対して財政支援を続ける妥当性を検証する必要があるだろう。 公的支援の是非を論じるうえで、外部効果をどう捉えるかが問題となる。外部効果とは、この場合、空港が周辺地域に与える経済効果や、空港の存在自体が航空ネットワーク全体の利用価値を向上させる「ネットワーク効果」を意味する。
あいにく地域空港への公的支援が周辺地域へ与える多様な効果を実証した研究は未だ少数である12) 。そのなかで、ニュージーランドの30の空港を対象とし、2010~2019年分のパネルデータから空港に対する補助金の効果を分析したWu et al. (2023)は注目に値する。この研究では、補助金により採算性の低い地域空港が航空輸送活動(例:国内定期便の提供座席キロ)を大幅に加速する可能性に加え、周辺地域の経済成長を促進し、失業率を低下させる効果も確認できている。さらに同研究では、航空輸送活動と経済発展は互恵的であることも確認されており、活発な航空輸送活動は地域の経済発展を後押しするとともに、地域の経済成長は航空輸送活動を一層推進することが示唆されている。
こうした視点に立つと、空港への公的支援に対する直接的な根拠に乏しくとも、これを継続的に実施することで、地域の経済成長など長期的な効果を獲得することが期待できる。実際に但馬空港では、コロナ禍後の旺盛な旅行需要を背景に、運賃助成制度を利用しない、とりわけ羽田乗継便を利用する遠方からの旅客数の増加が確認されている。このように代替交通手段の利用圏外から新たに来訪者を獲得できたのも、継続的な助成により空港が持続的に維持された結果と考えることができるだろう。
12)既存研究の大半は、航空関連への補助が、補助の対象となる航空サービスに与える影響(航空運賃や航空サービスへのアクセシビリティ、旅客数など)を検証するのみであり、特に空港への補助の効果への検証は少ない。そのため補助の対象となる空港周辺地域の経済的・社会的・環境的ウェルビーイングに与える影響については未だ不透明なままである(Wu et al. (2020)参照)。
本稿では、兵庫県の但馬空港を事例に、同空港に対する自治体支援の現状を整理することで、地域空港に対する公的支援のあり方を考察した。但馬空港では、開港後に代替交通手段をめぐる競争環境が大きく変化したことで、空港に求められる役割は変わりつつあると考えられる。こうした環境のなかで、従来の自治体支援が目指すべき方向性について、空港の外部効果を踏まえた考察を実施した。
概して地域空港は、小規模な需要を前提とした事業環境から、積極的な民間活力の発揮を期待することは困難であり、持続的な空港機能の維持と運営には地元自治体や政府からの補助に依存せざるを得ないと考えられる。そのなかで、公的補助の根拠づけを明確にするためには、これが周辺地域に与える外部効果を評価する実証的な研究の充実が不可欠であり、その知見を活かした空港運営が今後において求められよう。
*本稿執筆にあたり、関連資料およびデータ提供において兵庫県土木部空港政策課から多大なる支援を頂きました。ここに記して感謝の意を表します。